『 ……続きまして、午前中最後の競技は部活対抗・借り物レースです!選手の皆さん、所定の位置へどうぞー! 』


やけにハイテンションな放送部員のアナウンスに、場内の女子の歓声が湧きあがる。










―ああ、神様。出来る事なら、今すぐ雨でも雪でも槍でもいいから降らせて下さい。








男子テニス部マネージャー、と書かれたオレンジ色のハチマキを巻きながら見上げた空は、憎らしいくらいの快晴だった。














体育祭の王子様!?















思い起こせば一ヶ月前。

魔王の一言から、事は始まった。








「そうそう、来月の体育祭だけど。今年は借り物競争だから、皆頑張ってね」






部活終了後の騒がしい部室の中、にこりと微笑んで言われた言葉にレギュラーの面々はぴたりと動きを止める。


「…………た、体育………祭?」
「もうそんな時期だったか………」


一瞬にして蒼ざめた赤也が恐る恐る呟いて、同じく蒼白な顔をしたジャッカルがカレンダーを見ながらため息をつく。

いきなり重くなった部室の雰囲気に思わず部日誌を書く手を止めて見上げると、にっこりと微笑みながらレギュラーを見回している幸村の姿。







………………これはヤバイ。








過去の経験上、幸村が笑顔を作る時は決まって厄介事が絡んでいるのは知っている。

逃げるが勝ちだ、と書きかけの部日誌もそこそこに、そろりと立ち上がったあたしに目ざとく幸村は声をかける。





「あれ、どこに行くの?まだ部日誌書き終わってないよね?」
「………………ちょ、ちょっと自販機にでも………な、なんだか喉が渇いちゃって!!」
「ああ、ここに青学からもらってきた乾汁があるから、よかったらどうぞ」
(なんでそんなものがここに!!??)「あ、やっぱやり残した仕事思い出した!今からちょっとやってくる!」
「そんなの今しなくたっていいよ。後で俺が
殺っとくし
((((((( 漢字変換が間違ってる!!! ))))))


ガタガタと震えながら頷いて座っていた席に腰を下ろすと、レギュラー達から一斉に哀れみの視線を向けられる。

もはや逃走しようという考えすらないような彼らの表情に、やっぱり魔王に逆らおうっていうのが間違ってたんだ、とこっそり小さなため息をつく。




ちらりと視線を上げた頭上、微笑み続ける幸村はひどく上機嫌だ。




「…………さて、さっきの話の続きだけど。今年の部活対抗戦、去年と同様にぜひ優勝を目指して頑張ってね」



借り物競争だなんて楽しみだね、とにこにこと笑いながら続けた幸村に、最早青白いを通り越して、真っ白な顔をした赤也がガタガタと震えながら口を開く。



「……………や、やっぱり今年も………目指せ優勝………なんスね……」
「確か去年は障害物競走だったな………まあ、今年は借り物競争あたりがくるとは予想していたが」
「あれ、ホントにハードだったよなー………」



遠い眼をしながら涙ぐむジャッカルに思わず内心で合掌して、そういえば去年の体育祭は出れなかったからなあ、と今更ながら思い出す。

運悪く重なった遠い親戚の不幸で葬儀に出席していたのだが、ジャッカルの口ぶりから察するにどうやらあたしは運が良かったらしい。


去年の体育祭で一体何があったのだろう、と人並み程度の好奇心でそう思ったあたしに、柳があたしだけに聞こえるようにこそりと呟く。



「去年の体育祭の前日…………【 何があっても男子テニス部が絶対一位、負けたらどうなるか分かってるよね? 】という幸村からのメールが全員に届いてな………あの時は、上下関係など関係なく、皆が一丸となって優勝の為に死ぬ気で努力したんだ」


体育祭ごときで死を覚悟したのは、あの時が生まれて初めてじゃった―と、側にいた仁王もげっそりとした表情で小さくそう続ける。








なんてバイオレンスな体育祭なんだ。










最早単なる中学校の体育祭の域を超えている、と震え上がったあたしと同じように先程からガタガタと全身を小刻みに震わせている真田が、ゴクリと唾を飲み込む音が響く。

声を出すのすらはばかってしまう程恐ろしい静寂に包まれた部室内、おそるおそると言ったように真田は幸村に問いかける。



「……………そ、それで幸村…………今年は、その、あれだ、万が一の話だが…………………万が一、俺達が優勝出来なかった場合………………その………」
「ああ。罰ゲーム?勿論あるに決まってるじゃないか」
「「「「「「「どんな!!!!????」」」」」」」



当たり前じゃないか、というように答えた幸村に、秒速で聞き返した部員一同の表情は、ある意味関東大会の時よりも必死な表情で。

ぶっちゃけその真剣さを試合に活用してください、と思ったあたしをよそに、幸村はどこまでも笑顔だけは爽やかに罰ゲームの内容を口にする。





「そーだねぇ………グラウンド100周!…ってのは青学の手塚みたいだし…。やっぱりここは立海らしく、一位が取れなかったら、全員で
屋上からヒモ無しバンジーってどうかな?」
「「「「「「それ死んじまうだろう!!!???」」」」」」
「大丈夫大丈夫、地面とぶつかる前にちゃんと足から着地すればいい
だけだから」




そんな芸当出来るのはお前だけだ!!―という部員の視線を綺麗に無視して、幸村は「それじゃ、今日はこれで解散」と、どこまでも胡散臭い程の爽やかな笑みを浮かべて部室のドアを閉める。



残されたレギュラー達の顔が、一気にげっそりとやつれたような表情になるのを気の毒に思いながら残りの部日誌を書こうとすると、側にいたブン太が「………そういえば部活対抗戦って、今年からマネージャーも強制参加って体育委員が言ってたよな………」と恐ろしいセリフを口にする。




「………え?今ブン太、何か聞き捨てならない単語が耳に入ったんですけど気のせいだよね?幻聴だよね?」
「ああ、そういえば………。どこぞの体育委員のアイデアで、今年からはマネージャーも部活対抗戦に強制参加だとか言っていたな」
「今年はマネージャーも道連れって事か………、頑張ろうぜぃ」
「先輩、俺ヒモ無しバンジーだけは嫌ッス!!」
「覚悟決めんしゃい、
「いやああああああ!!!!(涙)」










◆ ◆ ◆







……………こうして本人の意思を無視して強制参加させられた部活対抗借り物競争は幕を開けたのでした。