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「―ねえ、跡部」 「あん?」 「日吉、今日は来てないの?」 聖夜の独白 ...act.2 一向に姿を見せない後輩の名前を読んだあたしに、跡部が小さくため息をつく。 いつも以上に華やかな衣装をまとった跡部の姿は、ため息をついた動作だけでもかなり色っぽくて。 ついつい見とれてしまったあたしに、「見とれんなよ」と彼は意地悪く笑う。 「…見とれてなんかいません自意識過剰です」 「はっ、素直じゃねーなぁ、葵。こんないい男が彼氏で嬉しいくせに」 「誰か、誰かこの人にいい精神科紹介してあげてー!早くー!」 「ムリムリ、もう手遅れやで」 壁際でコンパニオンと話していた忍足が、グラス片手に笑いながら突っ込む。 茶髪の可愛らしい顔立ちのコンパニオン。 2、3言葉を交わし、さりげなく忍足が差し出した紙切れはきっと携帯番号とメルアド。 満面の笑みで仕事に戻っていった彼女の短いスカートから覗く脚は、確かに忍足好みの綺麗なもの。 「………ちょっとちょっと、アンタんちの従業員がナンパされてるわよ。変態エロ眼鏡の被害に合ってるわよ」 「俺様には関係ねえよ。眼鏡オタクの脚フェチなんざ放っとけ。あいつの方が手遅れだ」 「それもそーねー…」 冷めた目で忍足を見つめるあたしに、跡部がグラスに入った透明なシャンパンを差し出す。 細いグラスに注がれた、泡立つゴールドのシャンパン。 軽くグラスを触れ合わせると、チン、と涼やかな音がたつ。 「Merry Xmas」 流暢な英語で跡部が言い、くいっとグラスのシャンパンをあおる。 さすがに一気は無理と、味見程度に一口含んだあたしを、跡部は少し笑いながら見つめる。 喉をやく、程よい甘味と軽い炭酸の刺激。 「…あ、美味しい。これ、ノンアルコール?どこのメーカー?」 「うちの酒造メーカーのXmas限定ものだ。アルコールは2%くらいは入ってたはずだが」 「へー…」 ちびちびと舐めるようにシャンパンを含むあたしの肩を、とんとんと誰かが叩く。 グラスを持ったまま振り返った先には、華やかな姿でたたずむ滝の姿。 「あ、滝じゃん!Merry Xmas!」 「Merry Xmas、葵に跡部」 「よう、萩之介」 あたし達が持ってるシャンパンより、幾分か透明度の高い液体が注がれたグラスを掲げて滝はにこりと微笑む。 「綺麗だね、葵。ドレス似合ってるよ」 「ありがと。跡部が選んでくれたんだ。ちょっと分不相応な気もするんだけど」 「そんな事ないよ。葵は色白いんだから肌見せた方が綺麗だよ」 歯の浮くような誉め言葉をさらりと言う滝に、跡部がふん、と鼻をならす。 「俺さまが選んだんだから似合うのは当たり前だろ。まあ馬子にも衣装ってやつだ」 「………跡部さん跡部さん、それ使い方間違ってるから。誉めてないから」 「あーん?事実を言ったまでだ」 「今すぐワイングラスで殴ってやろうかしら」とグラスを構えたあたしを「まあまあ」と滝が制す。 「離してよ滝ー!こいつには一度ガツンと言ってやらなきゃわかんないのよー!離してー!」 「跡部財閥の嫡男とまともにやりあおうって時点で無理なんだって。諦めなよ」 「萩之介の言うとおりだぜ。庶民は庶民らしく大人しくしとけ」 「キーッ!」 じたばた暴れるあたしをハッ、と鼻で笑って、それからふと思い出したかのように跡部は滝に問いかける。 「…そういえば萩之介、お前日吉見なかったか?さっきから探してるんだが」 「日吉?ならさっきまで一緒だったけど。人酔いしたからってどっか行ったよ」 「…………・・・」 「日吉がどうかしたの?」という滝の問いかけを無視して、跡部は小さくため息をつく。 「……萩之介、そのワイン俺にも持ってきてくれるか?葵の分も」 「厄介払いする気?俺をボーイ代わりにするからには高くつくよ」 「後で倍返しにしてやるよ」 じゃあね、と軽く手を振って去っていった滝を見て、跡部はまたひとつ小さなため息をつく。 「…………どこに隠れてんだか。ったく世話のやける奴だぜ」 「…隠れてる?」 「ああ。参加しないって言ってやがったのを、俺様が無理矢理引っ張り出した」 「………日吉の事?」 ああ、と小さく頷いた跡部を見て、後輩いじめるの止めなさいよ、と非難がましく言うと、跡部は「バーカ」と逆に呆れた様な顔をする。 「あいつには社交性ってもんが欠けてんだよ。次期部長を任せるのが不安になるくらいにな。今日のパーティも、人慣れさせる為に参加させたんだが………あまり効果はないようだな」 「………部長に社交性って必要なの?」 「当たり前だろ。自ら壁を作ってるような奴に、誰がついていくってんだよ。……そういう意味じゃ、まだ鳳の方が適格かとも思ったんだが……」 ちら、と少し離れた場で談笑する長太郎と樺地を見て、跡部はもう何度目になるか分からないため息をつく。 「鳳は優しい、というより甘すぎる。敗者切捨ての氷帝で、弱者にいちいち同情してるようじゃ上には立てない。かと言って、樺地はもっと無理だ。感情がないわけではないが、その表現方法に乏しい。常にあいつの意思を理解してくれる奴が側にいないと動けない」 ざわざわと騒がしいホールの中。 跡部の言葉は喧騒にかき消されることなく、静かに重みを持ってあたしの心に届く。 「………今の2年生に、人格的に優れた奴がいないのは致命傷だな。どいつもこいつも未熟すぎる」 整った顔立ちを、ほんの、ほんの少しだけ辛そうに跡部は歪める。 その考え込む姿がどこか愛しく見えて、少しだけ笑ってしまったあたしを、変なものを見るかのように跡部は見る。 「……なに笑ってんだよ、葵」 「んー、いや、あたしの彼氏はやっぱカッコイイなと思って」 「ああ?なに今更当たり前のこと言ってんだ」 俺様が美しいのは当たり前だろ、と至極当然のように彼は言う。 自信過剰すぎる彼氏に、ハイハイと適当に相槌をうちながら、見た目じゃなくて中身だよ、と小さく呟く。 なんだかんだ言いながらも部や後輩の事を一番に思って、いつも最善の選択肢を考えて、考えて、考えて。 結局自分一人で背負って、でもそれを辛いとも苦しいとも、ちっとも表面に出さない跡部。 「……カッコイイよ、跡部」 もう一度呟いたあたしに、分かりきった事何度も言うんじゃねーよ、と愛しい恋人は不敵に笑う。 その自信溢れる笑顔を見ながら、渦中の次期部長とやらは今どこにいるのだろう、とふと思った。 |