―花火
並んだりんご飴。
膨らんだ綿菓子。
ぱしゃりと撥ねる水風船。
遠くから響いてくる、祭囃子の笛の音。
黒と赤の鮮やかな色彩の金魚達が、ビニールのシートの中を窮屈そうに泳いでいる。
「ごめん、。待った?」
真夏の夜に特有の、生暖かい風に頬を撫でられながらぼうっと立っていたあたしに、買出しから戻ってきた幸村は、全く暑さを感じさせない所作で隣に立った。
「お帰り、幸村。イチゴ味のカキ氷、あった?」
「ああ、あったよ。はい」
「わーい!ありがとー!!幾らだった?」
差し出されたカキ氷を受け取らずにお金を出そうとするあたしをやんわりと制して、幸村は半ば強引にあたしの手に氷イチゴを握らせる。
右手に持たされたせいで、上手く財布を取り出す事が出来ずにもたつくあたしに「早く食べないと溶けるよ」と、幸村は言外に支払いを拒否する。
「ちょ、待っ、幸村お金―」
「こういう時は、普通男が出すもんだろう?」
「あ、え、でも、えっと」
「は素直に俺に『ご馳走様』って言って、食べてくれると嬉しいんだけど」
たまには俺にも見栄張らせてよ、と、冗談っぽく笑った幸村に思わず笑って「ご馳走になります」と言うと「よろしい」と彼も笑いながら答える。
添えてあったスプーンで少し氷をつついてから口に運ぶと、少し荒削りな氷片がしゃり、と口の中で砕ける。
「ひゃー、冷たい!美味しい!」
「それは良かった。他になんか食べたいものあったら、遠慮なく言いなよ」
「ん、今は大丈夫。アリガト」
にこにことあたしが氷を口に運ぶ様を眺める幸村は、まるで小さい子供をあやす父親のようで、なんだか少しだけ恥ずかしい。
幸村も何か食べればいいのに、もともと食の細い彼はあまり食べ物に執着がないらしく、ただ隣に立ったままあたしを眺めているだけだ。
お祭りと言えばたこ焼、焼きそば、カキ氷、りんご飴…と、屋台を連想するあたしと違って、幸村はあまりこういう所の食べ物には興味がないらしい。というか、幸村は基本的に食べ物に執着するタイプではない(糖尿病が心配な某テニス部員とは全く正反対だ)
お腹が減っていなくても、こういう所に来たら何か食べたくなるもんじゃないのかな、とシャクシャク氷をつつくあたしを、幸村はにこにこと見つめ続ける。
「…………あのですね、幸村さん」
「何?」
「そんなに見つめられると、非常に食べにくいんですけど」
「ああ、別に気にしなくていいよ」
「気になるから言ってるんでしょうがっ!」
屋台が並ぶ通りから少し外れた場所で、ぎゃあぎゃあ喚くあたしの前を浴衣姿の子供達がはしゃぎながら通り過ぎていく。
生ぬるい風は体を冷やすどころか逆に余計に暑さを感じさせて、カキ氷を食べていても首筋を一筋の汗が流れたのが分かる。
飲み物だけでもいいから幸村も何か買ってきなよ、と、少し心配になって言ったあたしに、「じゃあそれ一口」と、今まさに口へと運ぼうとしたかき氷のスプーンをいきなり幸村は咥える。
「………っん!」
スプーンだけでなく、ご丁寧に目の前にあったあたしの唇までぺろりと舐めて、幸村は平然とスプーンをあたしに返す。
「うわ、甘。、そんなの食べてて逆に喉渇かない?」
「っう、あ、あああああああ」
「何?」
「あああああアンタねぇ!!!」
こんな人通りの多いところで何考えてんの、と震える声で怒るあたしを、「あ、そろそろ花火始まるみたいだね」と幸村は腕時計を見ながら飄々とかわす。
大胆にも程がある、と殆ど溶けかかったカキ氷を片手に、あからさまなため息をついてやるが、隣に立つ幸村が堪える気配は全くない。
考えても見れば、あんな曲者ぞろいの立海テニス部員をまとめている幸村に、あたしごときの嫌味に動じるはずもないのだ。
「それ、食べ終わったら河原の方に移動しようか。花火がよく見える場所、残ってたらいいけど」
しれっとした顔でそう言った幸村が、実際のところ花火なんてものにそう興味がない事をあたしは知っている。
彼が今一番心を奪われているのはきっと全国大会の決勝をひかえたテニスの事が大半で、残りのほんの何割かが彼女であるあたしなのだと思う(と、前に柳に言ったら、精一も報われない奴だな、と可哀想なため息をつかれた)
別に自分を卑下しているわけではなくて、むしろ先日退院したばかりの彼の脳内がほぼテニスの事で満たされているのはある意味自然な反応なわけで、そんな中でも『彼女』であるあたしの為に今日みたいに時間を割いてくれるのはかなり嬉しかったりするのだ。
邪険に扱われてるなんて思った事は一度だってないし、むしろ幸村が加わった立海なら、きっと全国3連覇はほぼ確実だと言ってもいい。あたしだって立海には、ううん、幸村には絶対勝ってほしい。
絶対に、負けるもんか。
殆ど水分と化したピンク色の液体を、ぐるぐるとかき混ぜながらそんな事を考えていると、ふと「心ここにあらずって感じだね」と聞こえてきた幸村の声で、慌てて我に返って隣を見る。
もう食べないと判断したのか、さっきから持て余していた氷イチゴの液体をやんわりとあたしから取り上げた幸村が、探るような視線を向けてくる。
「せっかくの夏祭りデート中だっていうのに、彼氏も放っといて考え事?」
「え、や、別に。何も考えてないけど…」
「そうは見えなかったけどな。何?俺にも言えないような事?」 」
「別に言えないわけじゃない、っていうかむしろ幸村の事を考えて―」
いきなり始まった幸村の詰問に、どこか責めるような響きを感じて思わず口を滑らした瞬間、ドオン、と腹の底から震えるような音が響いて夜空に大輪の花が開く。
驚いて夜空を見上げたままのあたしの隣から、「始まっちゃったか」と幸村の小さな声が聞こえて、けれどすぐにそれも二度目の音にかき消される。
赤、青、黄色、緑、白、金、夜空を埋め尽くす色とりどりの花火に下を向く暇すらなく、そこらじゅうから感嘆の声があがる。
「すご……キレー………」
先ほどまでの言い争いをすっかり忘れて、上空を見上げたままのあたしに幸村も頷く気配を感じて、知らず繋いだ手を強く握り締める。
入院してた時と全く違う、硬く荒れたその感触は、退院してから幸村がどれだけ努力したかを表してるもので。
これまでの試合の結果をベッドの上で平然とした顔で聞きながら、その実どの部員よりも絶対に一番悔しかったのは幸村だったはずで。
絶え間なく響く爆音と、途切れることなく夜空を彩る花を見ながら、なぜだか少し泣きそうになったあたしは、涙が零れないようにひたすら上を見続ける事しか出来ない。
「……」
「へ?」
耳の痛くなるような豪音の中、名前を呼ばれた気がして隣を見上げると、夜空へ視線を向けたままの幸村が見える。
花火に照らされた静かな、けれど何かを決意したような表情の幸村に、一瞬周りの騒音が全て掻き消えたような錯覚に陥る。
「…幸村?」
名前を呼ばれたのは気のせいだったのだろうか、と思いながらもその幸村の表情から目を離すことができなくて、握った手に力をこめると思いのほか強い力で握り返される。
「…………………俺は、俺達は、絶対に勝つ。絶対に、全国制覇を成し遂げてみせる。もう二度と―」
青学には負けない、という語尾は再び鳴り響いた花火の音にかき消され、それでもすぐ傍にいたあたしには幸村がそう唇を動かしたのがわかった。
なんて答えるべきなのか分からなくて、でも反射的にその言葉に頷いたあたしは、ただただひたすら祈るような気持ちで、「信じてる」と小さく呟いた。
◆ ◆ ◆
半年振り?いや1年ぶり?ぐらいの更新です(笑)←何がおかしい
いやー再開第一発目は幸村でしたー(笑)
日吉か跡部でいこうと思ってたんですけど、なんか魔王が。
大魔王が(笑)出てきたんですよ代さん(笑)
あーいつの間にか3万打ー(笑)
リハビリ的な意味で書いたんですけど、リハビリどころか悪化してね!?(笑)
ってか笑いすぎじゃね!?(笑)←