―――真夏の一閃














暑い。


地面からたちあがる熱気と草いきれに、思わず軽い眩暈を覚えた。


午後1時を過ぎて気温はますます上がるばかりで、じりじりと背中を照りつける日差しは一向にやわらぐ気配はない。


フェンス越しに踊る黄色いボールの影すらも暑苦しく感じて、視線を落とすとぽたり、と鼻の頭から汗が落ちた。







「―げっ、ヘビ!ちょ、今見ました先輩!?ヘビいたっすよ!!」






何が楽しいのかぎゃあぎゃあと騒ぎ回る、ただ一人の草むしり仲間の赤也を無視してむしった草を地面に叩きつける。


たった一年とはいえ年の差はこういう時に出るらしい。まだまだ体力の有り余っている後輩をうらやましく思いながら八つ当たりのように草をむしるとブチッ、と根っこの千切れる音がした。







「セーンパイ、ダメッすよそんな抜き方じゃあ。真田副部長にまた怒鳴られますよー?」






逃げて言ったヘビへの関心は失せたのか、草取りを再開した赤也があたしの手元を見てあーあ、と小さく呟く。

ぶちぶちと力任せに草を引っ張った地面には、取りきれなかった硬そうな根っこの跡。

じゃあアンタはどうなのよ、とじろりと睨んだ後輩の手元には、見事に根っこから綺麗に引き抜かれた草の山。








「葉っぱだけ引っ張るんじゃなくて、こうやって根元から一気に引っ張るんスよ」
「………まさかアンタに草むしりの技術を習う羽目になるとは思わなかったわ…」
「そりゃー毎日やってれば嫌でも上達しますって」







―柳先輩も草むしりなんてペナルティ、よく考え付いたっスよね―と言いながら、再び草をむしりだした赤也に言葉をかえす気力もなく、ぺたりと地面に腰をおろす。






元はと言えば赤也の遅刻対策のために考案された「遅刻一回につき草むしり一時間」というペナルティーなのに、当の本人はケロっとしたままでマネージャーのあたしがへばってしまうとはどういう事なのか。







これが終わったら、マネージャーはペナルティの対象から外してもらうよう柳に直談判しよう―と固く決意したあたしを、赤也がつんつん、とつついて現実に戻す。




「先輩、早く立った方がいいっすよ。真田副部長がこっち見てるッス」
「え、うそどこ」
「ほら、こっち歩いてきてる。早く早く!」



急かされるまま慌てて草に手を伸ばすと同時、見るだけであつっくるしい容貌の副部長が見下ろしながら口を開く。



「―うむ、2人とも頑張ってるようだな。も、これに懲りたら二度と遅刻などせんことだ」
「…………へーい」
「なんだその返事は!いいか、返事は短く「はい!」だろうが。全く、暑いからといってたるんどってるようではレギュラーの座を奪われるぞ」
「いや、あたしマネージャーだし」



そのセリフは隣のバカに言ってあげてください、とめんどくさそうに言うあたしを恨みがましい目で赤也が見る。




「―まあいい、赤也、これが終わったらすぐにAコートでスマッシュ練習に入れ。その後は柳と仁王、それにジャッカルと試合だ」
「げ、3人連続っすか!?きっつ……」
は終わったらしばらく休んでていいと幸村が言っていたぞ。あと30分頑張る事だな」
「へいへい」
「返事は」
「はあーいっ!!」


うむ、と頷いて去って行く真田の背中に思い切り舌を突き出すと、隣で赤也がプッ、と噴出す。



「あーあ、先輩はこれ終わったら休憩かー。俺もさぼりてえ」
「何言ってんの、あんた若いんだから体力あるでしょ。さっさと終わらすわよ」
「若いってたった1年じゃないっすか」



先輩ババ臭いっすよ―と呟いた赤也に一発蹴りをいれて、再び草むしりを再開する。

手に触れた暑い草、ゆらゆらと揺れる陽炎、鼻の奥がつんとあつい。

























あ   れ  ?




























やば、と思った時には既に視界がぐらりと揺らいで背中から地面に落ちたあと。



ゆらゆらと回る世界。



起き上がろうにも頭だけでなく体全体が重くて、地面に触れている部分が酷く熱い。








「っせ、せんぱーい!!??先輩、ちょッ、先輩先輩、誰か先輩がー!!!!!」








慌てたように叫ぶ赤也の声が遠くに聞こえる。


先輩先輩うるせーよ、と思いながら、バタバタと走りよってくる何人かの慌しい足音にざまぁみろ、という気分になる。(これでマネージャーはペナルティ免除確定だ)


















ザバァッ!!















遠くなりかけた意識を手放そうとした瞬間、水音と共に感じた全身への冷たい感触。



ゆるゆると瞼を開けると、空のバケツを持ってこちらを見下ろす柳の姿。














「熱中症だな。発汗に伴う体内の総水分量の低下によって生じる脱水症状だ。意識はあるか?」














水ぶっかけといて意識のあるないもないだろう、意識なかったら溺死すんぞ、と言い返そうとしたが言葉にならず、睨み返すともう一杯とばかりに顔面にも浴びせかけられる。


鼻の奥に入った水に思わずむせこんだあたしを見て、駆け寄ってきたジャッカルが「だ、大丈夫なのか!?」と驚いたように柳に言う。




「その調子だと問題ないだろう。幸村」
「ああ」







心配そうに覗き込んでくる赤也の顔に幸村が重なり、太陽が黒く遮られる。

逆光で暗くかげった表情は読めないが、大丈夫、とかけてくる言葉がひどく優しくて安心した。









「皆は練習を続けてて。真田、後は頼むよ」
「うむ」








―練習再開だ!と遠く響いた声の後、ゆらりともう一度視界が揺れて思わず顔をあげるとすぐ側に幸村の顔があった。


どうやら抱き上げてくれたらしい。


重いのに申し訳ない、とか思いながら素直に抱かれるままになってると、面白そうな顔で近寄って来る仁王の姿。




、これかけときんしゃい」
「…………………?」
「透けとるきに。ブラ」




今日は黒のレースか―と言いながらレギュラージャージの上着をあたしにかけた仁王を、柳生がラケットのフレームで思いっきり叩く。

自業自得だが、痛そうだ。



「病人になんて事を言うのですか。これだから貴方という人は全く………」
「ほんと仁王らしいぜぃ。、水分はきちんと取っとけよ?後でこれ飲んどけ」




説教を開始したダブルス1を横目で見ながら、丸井が冷えたペットボトルをあたしに握らす。

まだ開封してないそれはこの夏発売されたばかりの丸井お気に入りのジュース。

すまないと思いつつありがたく受け取ると、「じゃ、行こうか」と言って幸村があたしを抱いたまま歩き出す。





「……ゆきむら」
「ん?」
「どこ、いくの?」
「保健室。一応先生に診てもらった方がいいだろ」




平気なのに、と続けたあたしの言葉を無視して着いた先の保健室、ベッドの上にふわりと優しく降ろされる。

駆け寄ってきた校務医に手短に幸村が症状を説明すると、冷えたアイスノンを渡される。




「首の後ろと額を冷やしてね。クーラー少し強めるわ」
「…すいません………」
「ゆっくり休んでいくといいわ」


穏やかに言った校務医に礼を言うと、幸村が側の椅子に腰を降ろす。



「体調悪いなら言ってくれればよかったのに。しんどかったんだろう?」
「や、まさかぶっ倒れるとは。なんかごめん。……なさい」
「別に謝ることじゃないけど」



濡れて額にはりつく前髪を優しくかきわけられ、思わず「皆が優しすぎて気持ちわるい」と言うとくすくすと笑われる。






「それだけ心配してるって事だよ。大事な大事なマネージャーなんだから」
「……………それなら最初から草むしりさせないでよ…………」
「それはそれ、これはこれ」




が遅刻したのは事実だろ?と、にこにこ笑いながら言った幸村を軽く睨んでやれど彼が堪えた様子はなく、小さくため息をついて目を閉じる。








まだ熱い体をしんどく思いながらも、こんな風にしてもらえるならもう一回くらい草むしりしてやってもいいか、と思う自分が確かにそこにいて。













暑い暑い、真夏の一閃。























◆ ◆ ◆


ごめんなさい、29さん(切実)

なぜか逆ハー風味になってしまったんです_| ̄|〇
初めはこのまま保健室で迫られるヒロインさんのはずが、
幸村は毎回そんな感じになっていたので書き直しに書き直しに書き直しを重ねてこんな感じに(涙)
逆ハーだ…こんな逆ハーありえへん_| ̄|〇

いずれまた書き直します!
申し訳ありませーんッ(逃げ)