青 春 事 情






「このプリント、そっちの棚」
「ん」



落とすなよ、という言葉と共に差し出しされた薄い冊子を、そちらも見ずに片手で受け取る。



バサバサ ガタガタ ガラガラ ガッシャン、という騒がしい物音と埃舞う部室の中、書類やらファイルやら雑巾やら箒やらを手に、忙しなく動き回るお馴染みのレギュラー面々。



卒業を目前に控えた1月、自由登校となったあたし達を待ち受けていたのは大掃除という名の重労働で、先程から部長専用ソファに優雅に腰掛けて指示を出してるだけの跡部に仄かな殺意を抱きながらも、埃の積もった書類の整理を続ける。




、これもそっちだってよ」
「はいはいはーいっ」
ー、このスコアもそっちだC〜」
「はいはいはいはーいっ」
「おい、これも年度順にまとめとけよ」
「お前は自分でやれ跡部!」





しゃげー!!と鬼の首をとったくらいの勢いで怒鳴りつけたあたしに舌打ちをして、「おい樺地、やっとけ」と跡部はふんぞりかえって命令をする。

そんな奴の言う事なんか聞かんでいい!と言ってあげたくなるのをぐっとこらえて、ぶつぶつ言いながら渡された書類の整理を始める。




「……………ったく、跡部の奴、いつもいつもいつも命令するだけで自分が動こうとはしないんだから………!樺地も悲惨よね、あんな奴に付き従わされてるなんて、ホント可哀想だわ…………」
「まあ、跡部は跡部だからなー。樺地だって自分の意思で従ってんだから、ほっとけよ」
「それがおかしいのよ!『 まあ、跡部だから 』で許される事自体がおかしいって事に気づきなさいよ!」
「おかしいもなんも、それが跡部なんだからしょうがねぇだろ」




ヨーロッパだかイギリスだか、とにかく外国から輸入したというガラス棚を整理しながら言った宍戸を睨み付けると、「とにかく口より手を動かせよ」と至極まともな意見を返される。

明らかに書類を収納するのに相応しいとは思えないアンティーク調の華美な装飾が施された棚から、宍戸は次々とファイルやらプリント類やらを取り出し、てきぱきと片付けていく。

大雑把そうに見えて意外と片付け上手なのかもなあ、とか思いながらため息をついて書類の整理を再開すると、隣から宍戸がまたまた分厚いファイルを差し出してくる。




「………………………まだファイルあんのー?今度はなに?」
「えーと、H.16年の新人戦のスコア、だってよ。けっこー昔だな」
「アンタ達が1年の時のじゃないの?………………よくもまあこんなに……」


写真なども挟まっているのか、それなりに分厚いファイルにうんざりしながら受け取ろうと手を伸ばすと、「ほらよ」という声とともにずしりとした重さが伝わる。















「お、もっ!ちょ、これ重……っ!」
「あ、バカお前!」

















片手で差し出されたそれを何気なく左手で受け取った瞬間、想像以上の重さが手首にかかってフラリと体がバランスを崩す。

そう重そうな素振りで渡されたわけではないのに、腕に伝わってくるのはかなりの重量。

うわわわ、と間抜けな声を出しながら両手で持ち直そうとすると、隣から慌てて手を伸ばしてくる宍戸の姿。





「大丈夫か!?ファイル貸せ!」
「え、あ」
「バカ、片手で持つ奴があるか!」




ふらふらと危なっかしい足取りのあたしから、宍戸が勢いよくファイルを奪い取る。




先程と同じように易々と片手でファイルを持ち、トン、と肩の上に乗せながら宍戸は少し呆れたように口を開く。



「…これだけ分厚いんだから、両手で持つだろ普通。大丈夫か?」
「いや、宍戸が片手で持ってたから、軽いんじゃないかと………」
「俺とお前を一緒にすんな。…………ったく、大した力もねえくせに」




激ダサだな、と続けた宍戸に、「だったら最初に重いから気をつけろよ、ぐらい言ってくれればいいじゃん」と言い返しながら少し痛む手首をさする。

思いのほか鈍く痛む様子を見ると、ずいぶん手首に負担がかかっていたらしい。




「………痛むのか?手首」
「んー、ちょっとだけ、かな。変な方向にねじったっぽい?」
「捻ったんじゃねえの?ちょっと見せてみろ」





持っていたファイルを机に置き、そう言って宍戸は唐突にあたしの左手首を掴む。




「ちょっと回すぞ?痛かったら言えよな」
「へ」
「……………………捻挫はしてねぇみてえだけどな」




まじまじとあたしの左手を見つめ、慎重に手首を回しながら宍戸が小さな息をつく。

ぐにぐにと手首の曲げ伸ばしをされた瞬間、ほんの少しだけ響いた痛みに小さく顔をしかめると、「痛むのか?」と、至近距離で見つめられる。




「多分、大丈夫だと思うけどな………一応保健室行っとくか?」
「え、ぜ、ぜん、ぜんぜん大丈夫!!」
「そうか?」




湿布だけでもしてもらった方がいいんじゃねえの、と言った宍戸の俯いた視線が手首に注がれて、まるでそこに心臓があるかのようにドキドキする。


壊れ物でも触るかのように触れてくる大きな手の平と長くて太い指に、男女の差を知らされた気がして、ひどく落ち着かない気持ちになる。

























「……………ほっそい手首だな」
「え?」
「ちょっと力入れたら、折れちまいそうだぜ」






















お前も一応女だもんなー、と、しげしげと手首を眺めながら今更のように言う宍戸に、怒りよりも恥ずかしさの方が湧いてきて一気に体が熱くなる。
























あれ、なんだか心臓が変だ。



























「……………?なんかお前、顔赤いぞ?」
え、えええええええ、そ、そそそそ、そんな事、なななななない、けど!?
「………………頭大丈夫か?やっぱ保健室行っとくか?」
「や、もう、本当に本当に、だだだだだい、大丈夫だし!」



未だ握った手首を離さないまま心配そうに言う宍戸に思い切り視線を逸らしながら叫ぶと、部室の奥、部長専用ソファに腰掛けた跡部のニヤニヤした視線に合う。


反対側に顔を向けると、「ほらジロー、起きて見とかな損やで」と、これまたにやけた顔の忍足と生温い眼差しで見守る滝の姿。



「ちょっ、ちょっちょっ、そこの人達ィい!なに見てんの!?なんで凝視してんの!?」
「えー?なんていうか、青い春?みたいな」
「みたいな、って何ですか滝!!!ちょっ、もう、ジロー!!ジロー助けて!!」
「うん、俺の味方だC!
一人で頑張れー!
「ジロー、お前言うてる事めっちゃ矛盾してんで」



味方なら助けに来てくれ、と切実に思いながら、ぶんぶんと握られたままの手首を振り回すと、「バカ動かすな!」と焦ったような宍戸の声が響く。





「手首は傷めると怖いんだぞ!?ラケット握れなくなったらどーすんだ!
あたしマネージャー!
全力でマネージャー!もうホント大丈夫だから助けてお母さん!!!」
「だから動くなって言ってんだろーが!!」




心配してるのか怒ってるのかよく分からない宍戸と、慌てふためくあたしを部員の皆がニヤニヤと生暖かい視線で見守る。






握られた手首の熱さに比例して、真っ赤に染まっていく顔がひどく恥ずかしくて、俯いたあたしを宍戸は不思議そうな顔で見る。





頼むから手を離して下さい、というあたしの内心に無神経な彼が気づくはずもなく、結局保健室に連れていかれるまで宍戸はあたしの手を握ったままでした。









うわぁ甘!(笑)
書いてて砂吐きそうだった!(笑)
宍戸は天然バカなので、意識せずにフツーにこういう事が出来るような気がします。
んで、後から滝とか忍足にからかわれて、「え、な、バ、バカヤロー!」みたいな感じでキレたらいい(笑)

そんでもって、保健室から帰ってきたさんを意識してしまって、今度は宍戸がギクシャクしてしまえばいい。
その光景を、跡部達はまたまたニヤニヤしながら見守ってる事でしょう、アハハハハ!!
宍戸若いな!王道だな!(笑)