「正直言って、出来る事ならあんまり関わりたくない人」
「………………………………………………」
開いた紙切れに記されていた、あまりにも具体的かつ詳細な言葉に思わず言葉を失った。
この指令を書いた人は、何か心に傷でも負っているのだろうか。
レースの真っ最中だというのに他人事のようにそんな事を考えてしまったあたしの後ろからは、「せんぱーい!何固まってんスか、早く早く!」と切羽詰った後輩の声が響いてくる。
…………………………いや、早くしたいのは山々なんだけどね?(涙)
指令書を握ったまま立ち尽くしてしまったあたしの側を、追いついた子達が順に過ぎていく。
とにかく誰か借りに行かなくては、そう思うものの誰を借りに行っていいものか見当がつかず、フリーズしてしまったあたしの耳に切迫したアナウンスが響く。
『―水泳部マネージャー選手、今来賓席のテントへ……あーっと、これはPTA会長!PTA会長と手をつないで、走りだしたー!!一方、陸上部の選手は……ああ、これは同じ部の恋人さんですね!?3―Aの一之瀬さんだー!指令書の内容は、【 好きな人 】だったのかー!?』
聞こえてくるアナウンスから察する限り、どうやらこんな妙な指令書を手にしたのはあたしだけらしい。
全く持ってクジ運の悪いものだ、と手の中の紙切れにため息をついたあたしを、遠目にもレギュラー陣たちが切羽詰った表情で見つめる。
「……なんかさ、、固まってねぇか?」
「ええ、何やら困ってるように見えますね………一体何が書いてあるのでしょう?」
「ゴールしたら体育祭委員が読み上げるから分かるじゃろ。はようせんと、負けてしまうきに」
はあ、とめんどくさそうなため息をついた仁王の声が聞こえたわけではないが、明らかにそんな表情をしているのが遠目にも分かって思わず睨んでやると肩をすくめたのが分かる。
っつーか、よく考えたらなんであたしはこんな所でこんな事をしてるんだ。
元はと言えば幸村が言い出したことなのに、当の本人は「まだ体調が完璧じゃないから」と涼しい顔でテントの中で高見の見物だというし(絶対めんどくさいだけだろお前)
関わりたくない人物なんて、そんなのはっきり言って「男子テニス部全員」だ。
『おおっと?男子テニス部マネージャーの選手、なにやら考え込んでる様子……。あ、今走り出しました!これはどこに向かってるのか……ん!?これは借り物競争の選手がスタンバイしてる……………………分かりました、男子テニス部レギュラーの元へ向かってます!』
選手待機所、と書かれた場所にしゃがんで順番を待っている丸井、赤也、ジャッカル、真田、柳、仁王、柳生の元へ一目散に走り出したあたしを、アナウンスと観客が好奇の視線で見守る。
もうこうなったら罰ゲームなんてどーでもいい。
全員道連れにしてやろーじゃねーのォオ!?(最低)
「……な、……なんか先輩…こっち来てません?」
「向かってるな。が俺達の下へ来る確立100%」
「テニス部員でも連れて来いっちゅー指令だったんか?なんでもいいからはよしてほしいきに」
「………でもそれにしては大分切羽詰った表情してますね」
明らかに戸惑ったような顔をするレギュラー達の下へ辿りつき、鼻息も荒く「誰か一人来なさいよ!」と叫ぶとみな問答無用で赤也を差し出す。
これも後輩の務めだ、と涼しい顔で言ってのけた柳に当の赤也は「なんで?!」とぎゃんぎゃん喚きだす。
「ちょ、なんで俺なんスか!?俺そんな足速くないし!こういうのは瞬発力のある丸井先輩の分野でしょ!?」
「げ、てめ赤也何言ってんだぃ!いいからさっさと行ってこい!」
「嫌っスよ!指令書に何書いてるかわかんねーもん!行きたくねーッス!」
「赤也、さっさとせんと幸村の罰ゲームが待ってるぜよ」
「う゛…………っ!」
たじたじと、それでもなお嫌がる赤也にあたしの苛々は最高潮。
手近な所にあった誰かの腕をむんずと掴んで、脱兎のごとくゴールへと駆け出す。
『おーーっと!?揉めに揉めていた様子でしたが、どうやら選手、テニス部の仁王さんを連れてきたー!!これはびっくり!指令書には【 詐欺師 】とでも書いてあったのでしょうか!?』
「ちょ、ちょお!?なんで俺なんじゃ!?」
「アンタが側にいただけよ!いいからさっさと走りなさいよ!」
明らかに戸惑ったまま引きずられるように後ろ向きで走る仁王の速度はひどく遅くて(当たり前だ、後ろ向きだもん)、着々とゴールしていく皆の背中には到底追いつけそうにない。
『―今、水泳部ゴールイン!1位は水泳部!続いて2位と3位が接戦です!さあ、2位はどちらが――――――2位は剣道部、そして3位に卓球部です!』
続々とゴールインしていく他の部のアナウンスを聞きながら、もはやビリは確定したと肩の力を抜くと、ようやく落ち着いたのか仁王が隣でため息をつく。
「全く、厄介なもんに巻き込んでくれたの………。ビリの責任、半分押し付ける気じゃろ?」
「元はと言えば赤也がさっさと来ないから悪いのよ。あたしの近くにいた仁王が悪い」
「お前さんが指令書開いて固まってるから悪いんじゃ。さっさと行動しとけば勝てたかもしれんじゃろ」
レースの最中だというのにのんびりと肩を並べて歩きだしたあたしと仁王に降り注ぐ、刺すような(幸村の)視線を無視してゆっくりとゴールへ向かう。
「そういえば、指令書なんて書いてあったんじゃ?」という仁王の言葉に手の中の紙切れを無造作に渡すと、途端端正な顔がしかめ面になる。
「………………【 正直言って、出来る事ならあんまり関わりたくない人 】………なんなんじゃ、これ」
「そう書いてあったんだから仕方ないじゃん。全くクジ運悪いったらないわ」
「いや、そうじゃのうて。なんでこの内容で俺達を選ぶんじゃ?」
「俺のガラスのような心はズタボロぜよ」とわざとらしく言う仁王をじろりとひと睨みしてやるとクツクツと人の悪い笑みを返される。
嘘つきで人を惑わしてばかりで本心はいつも明かそうとしなくて、取り柄なんてテニスが上手い事と顔ぐらいしかない、まさしく【 正直言って出来る事ならあんまり関わりたくない人 】じゃないか。
「………………案外あたしって見る目あるのかも」
「?なにがじゃ」
「いや、無意識に連れてきた割にはけっこう的確だったかなって」
「は?」
意味不明、といった顔をする仁王を無視して、目前に迫ったゴールラインをゆっくり踏むとわあっ、と生ぬるい歓声があがる。
『 男子テニス部、今、ゴールインしました!順位は惜しくも18位!指令書の内容は一体なんだったのでしょうか!?――――おや、今、誰かがグラウンドに入って………ああっこれはテント内で休んでいたテニス部部長の幸村精一さんですね!なにやら物凄い笑顔ですが……!』
アナウンサーの言葉通り、一息つく暇もなく休んでいるあたし達の元へ、にこにこと近寄ってきた幸村を見て仁王が「げ」と小さく呟く。
一歩一歩と近づいて来る幸村の、静かな笑顔と正反対なひどく真っ黒なオーラに思わず一歩後ずさる。
「ね、ねえ……………仁王?」
「……………………なんじゃ、………」
「とりあえず、今はここから逃げるのが先決じゃない?」
上ずった声でそう呟いたあたしに、少しだけ引きつった、でも詐欺師特有のいつも笑みを浮かべて仁王があたしの腕を掴む。
視線だけで頷いてみせて脱兎のごとく駆け出したあたし達の後ろから追ってくる、禍々しい気配に振り向くことすら出来ず必死で脚を動かす。
「に、にににににに仁王、なんか後ろからすっごい嫌な空気がおっかけてくるんだけど!どどどどどどーしよう!?どーしよう!?」
「とりあえずこの後の競技で真田達が総合1位になれば、バンジージャンプからは逃れられるはずじゃ!それまでとにかく逃げるぜよ!」
「うっそおおおおおお!!」
競技が終わるまで走りっぱなしかよ、と悲鳴をあげたあたしの腕をがしりと掴んで離さないまま、複雑な敷地内を右へ左へ仁王は迷走する。
3年間在籍してるというのに未だ立海大の敷地内を把握し切れてないあたしには、既に今自分がどこにいるのか分からないというのに、仁王は迷うことなく脚を進める。
既に息があがってしまったあたしは正直足手まといだろうに、腕を離すどころか逆に速度を落としてくれるあたり、どうやら見捨てるつもりはないらしい。
「…………………っ、意外と、いいトコ、ある………っじゃん!」
「はっ?なんか言うたか!?」
「なんでも、ないっ!」
走り続ける仁王の隣、陽に反射する銀の髪がきらきらと眩しい。
やっぱり人選間違ったかなあ、と少しだけ反省しかけたあたしの内心など気づいていないのか、必死で走り続ける彼に思わず笑みがこぼれた。
◆ ◆ ◆
仁王って難C!!(いきなりなんだ)
愛情ゆえに難しい!動かしにくいんだよ仁王はよ!(逆ギレ)
なんでコイツこんなに読めない動きするかなー(書いてるのはお前じゃないのか)