どれだけ愛のこもったチョコよりも

 どんなに高級なプレゼントよりも

 欲しいのは、あなたからの「 Happy Birth day 」


<  なによりも、きっと  >



「おめでとう、長太郎君」
「おめでとうございます、鳳先輩!!」
「鳳君、これ受け取ってくれる?」


 行く先々で渡される、綺麗な包装紙に包まれたチョコレートとプレゼント。
 今日、2月14日は言わずとしれた、バレンタインデー。


 と、同時に。


「鳳、14歳おめっとさーん!!」


 明るい声に振り向けば、クラスの入り口でぴょんぴょん飛び跳ねてる向日先輩と、ちょっと離れたとこからソレを見てる宍戸先輩。
 どこにいても目立つ向日先輩のパフォーマンスは、相変わらず人の視線を集めて。
 宍戸先輩が離れてるのは目立ちたくないという理由からなんだろうけど、いかんせん今日はバレンタイン。
 どれだけ岳人先輩から離れても、テニス部正レギュラーの先輩が、目立たないはずはない。
 ちらちら向けられる、先輩達への好意と、チャンスを伺うような女子の視線の合間をぬって、ドアの方へ向かう。



「おはようございます、向日先輩」 
「おう!お前今日誕生日だよな!1番に祝いにきてやったぜ!!」
「よ、長太郎。おめでとな」 
「宍戸先輩も、わざわざありがとうございます。――-―にしても、2人とも毎年凄いですね」
「ああ、お前もな」



 礼よりも、先輩方が抱えた紙袋に対する感想を言えば、苦笑しながら返される。
 二人の持ってるプレゼントやチョコよりも、断然多い、俺へのチョコレート。
 でもそれは、ただ単にこの日が俺の誕生日なだけで、俺が宍戸先輩や向日先輩より人気があるとか、そういうのでは決して無い。


「俺はたまたま今日が誕生日なだけですから」
「たまたまっつーけど、せめてあと1日遅れるか、早く産まれれば、一度にこんな大荷物にならならくてすんだのになー!!」
「岳人、無理言ってんじゃねーよ」


 ぴょんぴょん飛び跳ねながら言う向日先輩をコツ、とこづいて宍戸先輩が言う。
 思わずクスリと笑みをこぼせば、「なんだよ、笑うんじゃねーよ!」と、ムキになったように向日先輩が言う。


 ……なんだか微笑ましい。


 そう思いつつも、なんとか真面目な表情を取り繕えば、背後からかけられる、笑いを含んだ声。


「―――――ま、岳人が微笑ましく見えるのはいつもの事だから、気にすることはないわよ、長太郎」
「「―!?」」


 突如俺の背後から現れたその声の持ち主は、いつからそこにいたのか、というほど静かに近寄って来て俺の隣に立つ。
廊下から入った冷たい空気が、さらりと先輩の髪を揺らして微かな香りを漂わせ、気温の低さに、少しだけ紅潮した頬が白い肌をより一層際立たせる。



「お前、2年の教室で何してんだよ?」
「ちょっとちゃんに、マネの仕事で用事があってさ」
に?アイツ、長太郎と同じクラスだったっけ?」
「うん、そう。―で、探してたら、何やら微笑ましい岳人と宍戸の会話が聞こえてきたからお邪魔したってわけ」
「ほ、微笑ましいってなんだよ!!??」


 ムッ、とした様子で反論する向日先輩の頭をぽんぽん、と叩きながら、「あれ、気に入らないなら、『可愛い』の方がよかった?」と、先輩がけらけら笑いながら言う。


「―、いくら岳人でも、男に可愛いは可哀想だろ…」
「クソクソ宍戸、『いくら岳人でも』ってなんだよ!?」
「諦めなさい、岳人。アンタは氷帝ホスト軍団の中では、可愛い系のやんちゃキャラに分類されているんだから」
「意味わかんねーよ!!」


 きーきーわめく向日先輩と、なだめる宍戸先輩を、先輩が心底面白そうに眺める。
 同じクラスなんだから仲がいいのは当たり前なんだけど、せめて、俺がもしあと一年早く産まれていたら。


 例え、同じクラスでなくても、対等な関係になれたかもしれないのに。

 やっと14歳になったこの日でさえそんな事を思う自分自身に、わずかに苦笑するが、先輩らが気づいた様子はない。

 焦りすぎなのかな、と軽いため息をつけば、「あ、そうだ」と、先輩がポケットをごそごそとあさり出す。


「―あ、あったあった。はい、忘れないうちに。どーぞ、岳人」
「は?」
「ハイ、宍戸も」
「あ?」
「ついでに、長太郎もね」
「え?」


 まるでテニスボールを投げるかのごとく、ごくごくあっさりした動作で俺たちの手のひらに渡されたソレ。
 コンビニのレジとかでよく見る、正方形の小さな小さな。


「「「……………チロルチョコ?」」」


 先輩のポケットに入っていた時間の分だけ、わずかに温まったのだろう、渡された手のひらにかすかな熱が伝わる。


「溶けないうちに早く食べてよー」

 休み時間に食べる程度の気安さで渡されたそれに、岳人先輩が先ほどとはうって変わった静かな声で問いかける。


「―あ、あのさ、…………?」
「ん?」
「俺も冗談とか通じるほうだとは思うんだけど、まさか、まさかな?これが、バレンタインチョコ……………とか言うオチじゃねえよな?」
「いや、そうだけど」
「マジで!!???」 


去年は手作りのトリュフだったじゃんか!!と、非難する岳人先輩とは逆に、
宍戸先輩は少し苦笑しながら答える。


「今年が最後だから、レギュラー以外にもあげるんだろ?さすがに200人分手作りは出来ねえよな」
「んー、まーねー。2年間、レギュラー陣だけ特別扱いしちゃってたようなもんだし。あたしの財布の為にも、今年は全員それで我慢してください」
「え〜!!!」
「ま、しょーがねーな。諦めろ、岳人」
「だってよ〜…」


 渋々といった表情で納得する岳人先輩を、宍戸先輩がなだめる。
 内心、先輩からのチョコを楽しみにしてた俺も非常に残念でたまらないのだが、さすがにこればかりは文句を言ったところでどうにかなるものではない。
 気づかれないように小さく小さくため息をつけば、ばっちりとかち合う、先輩の視線。


「ちょっと、長太郎までそんな落ち込まないでもいーじゃん。岳人だって、毎年、超いっぱいもらってんだし、これ以上荷物増やしてどうすんの?鼻血出るよ?ポリフェノール垂れ流しだよ?
「それとこれとは別なんだよ!!去年のトリュフ、超うまかったじゃん…ちぇー…」
「ま、市販のよりか全然うまかったしな。俺らが1年の時の、ショコラもなかなか好評だったし」
「岳人も宍戸も、そんなお世辞言ってもなんも出ないよー」

 はは、と先輩が笑うと同時に、ホームルームの5分前を知らせるチャイムが鳴り響く。


「うわやべ、そろそろ教室戻るか」
「そうだな。―んじゃ長太郎、また部活でな」
「じゃあね、長太郎」
「あ、はい。また後で」


 口々にかけられた挨拶に短い返事を返し、くるりと教室の中に入りかけると同時に。


「―って、また忘れるとこだった!――長太郎!!」
「はい?」

 
 呼び止めた先輩の声に肩越しに振り返ってみせれば、ふわり、柔らかな微笑みを浮かべた先輩が、俺に向かって何かを放る。


「―っと!!」


 慌てて先輩の方を向き直り、危なげなく受け取ったそれは、手のひら大の四角い長方形の包み。

 リボンに挟まったメッセージカードには、「 Happy Birth day 」の文字。

「―――――こ、れって…」
様特製、チョコレートブラウニー。味わって食えよ?」
「え、あ、はい…って、でも―」

 チョコレート、ないって言ってたのに。

 嬉しさよりもまず疑問を感じて素直に口に出せば、


「【バレンタイン】のチョコはね。それは、長太郎への誕生日プレゼントだから」




 ――皆には、内緒でね。



 唇に人差し指を当てて、いたずらっぽく笑いながら、先輩が言う。

 どきり、高鳴った胸の鼓動に、お礼を言う余裕はなく。


「―って、やばほんとに遅れる!じゃーねー、型崩れしにくいから安心して持って帰ってねー!!」


 ばたばたと、いつもより慌しい足音を立てて、先輩が廊下の向こう側へ消える。

 残された俺の手の中で、先ほど渡された温かいチロルチョコよりも、じんわりと俺を暖かくするソレ。

「―ありがとう、ございます…先輩」

 既に消えた空間に呟けば、冷たい空気の中に微かに感じる、先輩の柔らかい香り。







 どれだけ愛のこもったチョコよりも

 どんなに高級なプレゼントよりも

 嬉しいのは、あなたからの「 Happy Birth day 」