部活の後着替えていた仁王の元へ届いたメールの内容は、【今日、親いないから夜ご飯食べにおいでよ】という彼女からのお誘いメール。

愛しい恋人からの夕飯の誘いを断る理由など勿論あるはずもなく、嬉々として向かったの家で食事を済ませたのが午後9時。

休むのには少し速く、かといって特にすることもなく、風呂へと向かったを待っている間にうとうとしてしまったらしい。

微かな物音と鼻をつくような香りに気づいた時は、既に時計の針は11時を回ろうとしていた。












指先 











「―あ、起きた?」
「…………おー……」


まだ少しだけ湿った髪をタオルで軽く押さえながら、パジャマ姿のが柔らかい笑みを浮かべながら仁王を眺めている。
部屋中に充満する、風呂上り特有の甘い匂いに混じって、つんとした塗料のような匂いに顔をしかめると、「あ、マニキュア塗ってもいい?」と蓋を開けたばかりの小瓶を目の前にが掲げる。



「……この匂いじゃったんか。目が覚めてしもた」
「ゴメン、起こさないようにしようと思ってたんだけど。頭痛くない?」
「平気じゃ」


ふわ、とひとつ欠伸をもらして、がしがしと髪をかきあげた仁王の足元には、色とりどりの小さな小瓶がいくつも散乱している。

その中のひとつを手にとって物珍しげに眺める仁王を、は足の爪の形を整えながら楽しげに声をかける。


「興味あるの?仁王も塗ってみる?」
「いんや。姉貴が似たようなの幾つか持っとったような気がしたきに。………ああ、このブランドは知っとうよ」
「へえ」


爪用のやすりを床に置き、仁王が手にしていたピンクのラメ入りのマニキュアを受けとったは、「じゃあこれにする」と悪戯っぽく笑って小瓶の蓋を開けた。

先ほども香った鼻をつくような匂いが再び室内に広がり、やはり顔をしかめてしまった仁王には困ったような笑顔を返す。



「匂いキツイなら他の部屋行くけど。仁王、もう休む?」
「いや、ここでええよ。後でシャワーだけ浴びてから寝るわ」
「そ?」


なら遠慮なく、と小瓶の蓋についていた小さな筆をしごいて、はその形のいい足の爪に桃色の筆を乗せた。
たっぷりとピンクのラメを吸いこんだ筆先が器用に動くさまを、仁王はしげしげと興味深げに眺める。



「……………そんなに見つめられるとやりにくいんだけど」
「気にせんでええ。俺の事は空気と思いんしゃい」
「そんな存在感のある空気があるか。…………あ、はみ出した」



ぶちぶちと困ったように言うに何か企んでるような笑みを返して、仁王は別のマニキュアの瓶を開けて鮮やかな水色を取り出す。


「…………こっちの方が絶対似合うきに」
「?え?」
「動いたらはみ出すけえ」


大人しくしんしゃい、そう続けて仁王はの左足の爪に鮮やかなブルーを落とす。


「え、ちょ、アンタ何してんの!?右と左で違う色になるじゃん!」
「ええからええから。綺麗に塗ってやるけえ」
「そういう事じゃな………っ!!あーあ…………」


暴れるの足首をがしりと掴んで、形のいい小さな爪を丁寧に仁王は水色に染めていく。
諦めたようにため息をついて抵抗をやめたを喉の奥で笑いながら、仁王は壊れ物でも扱うかのように優しく足の指に触れる。



「…………小さい足じゃのう」
「そう?標準だと思うけど」
「少し力入れたら折れてしまいそうじゃ」


壊さんように気いをつけんとのう、と笑いながら言う仁王をじろりと睨んで、けれどは大人しく足を仁王に預ける。

クツクツと含み笑いをしながら最後の小指に水色を落として、仁王は小さく息をつく。


「―ほれ、これで終いじゃ」
「……………………ドーモ。右と左で違う色にしてくれてアリガト」
「すまんのう。お前さんが熱心になってるの見てたら、つい、な」
「ついじゃないっての。………あ、でも凄い綺麗に塗れてる。仁王、器用だね」


速乾性で初心者は失敗しやすいネイルだというのに、ムラなく綺麗に塗れている爪に感心しながら言うと、お前さんのを真似ただけじゃ、と返される。


「こんなに綺麗に塗れるなんて、初めてなのにすごいよ。仁王、詐欺師やめてネイルアートでも始めたら?けっこう売れるかもよ」
「男のネイルアーティストなんて気色悪いじゃろ。どっちにしろ、以外に塗ってやる気なんておきんよ」
「…………………勿体無い。器用貧乏」
「ピヨ」


それだけ器用ならなんでも出来そうなのに、とよく分からない事を言いながらマニキュアを片付け始めたの手をやんわりと掴んで、仁王はクツリと人の悪い笑みを浮かべる。


「なあ。ご褒美は?」
「は?」
「ご褒美は、なかと?」


まだ少し濡れているの髪を一房すくって口づけた仁王を、「…………はなからソレが狙いだったんでしょ」とはじとりとした目で睨む。


「……明日も朝早いんでしょ?朝練遅刻したら真田に怒鳴られるんじゃないの?」
「心配いらんよ、今日は2回だけで我慢しとくけぇ」
「2回って何。そこはフツー1回って言う所でしょ」



髪から額、頬、首筋、胸元へと滑るように降りてきた仁王の唇をやんわりと拒否して、「今日はダメ」と言うに仁王は心底面白くなさそうな顔をする。


「…………15歳の青少年に、蛇の生殺しなんざ耐えられんぜよ。のう、……」
「駄目ったらだーめ。ほら、マニキュア乾いてないんだからさっさと退く!シャワー浴びたら、おとなしく寝なさい」
「……………………」


ぴしゃりと突っぱねたの言葉に諦めたように渋々と引きがるが、ふと何を思い立ったのか再び仁王は彼女にぴたりと身を寄せる。


「……………仁王?ちょっと、人の話聞いてた?」
「聞いとらん。俺は今すぐココでしたいけえ、やる」
「はア!?」


何開き直ってんの、というの言葉を軽いキスで塞いで、易々とパジャマのボタンを外そうとする仁王の手を、は大慌てで制止する。


「や、らないって言ったでしょ!?―ちょっと、仁王!?」
「聞こえないのう。―お、ラッキー、ノーブラじゃ」
「バカ、何言って……あ、ヤ……っ!に、におっ!!」


服の下から強引に入ってきた手に素肌をまさぐられ、思わず甘い声をあげたを仁王はにやりとした笑みで見下ろす。










「のう、
「―っ、あ………!何…………っ」
「俺がほんまに器用かどうか、その体で試してみんしゃい。―指だけで、な」











巧みにうごめく指先に惑わされながら、一本取られた、という顔をするに仁王はクツリと詐欺師の顔で微笑んでみせる。



ああ、明日は絶対真田に怒鳴られるな、と頭の片隅で思ったの予想どおり、翌日テニスコートには朝練に遅刻した仁王の姿がありました。