年上の彼女というのは、思春期の男子にとってうらやましいものであるらしい。
氷帝学園2年生・日吉若の恋人は、いわずもがな男子テニス部のマネージャを務める3年生のだ。
自分でいうのも何だが、氷帝学園の男子テニス部員は異性にかなりの人気を誇る。
跡部や忍足はその中でも代表格と言ってもいいほどの人気もので、毎日のように靴箱や机やロッカーに何かしら恋文だとか贈り物だとかが詰められ、連日のように告白されてたりするのだが、若自身も例外ではない。
名前どころか顔すらも知らぬ女子から、告白されるのは日常茶飯事、ひどい時には全く面識のないはずの他校の生徒から交際を迫られる事もある。
つまり、それだけ氷帝学園のテニス部員は有名だという事で、氷帝学園内において「日吉若の彼女」= 「」という方程式は、周知の事実となっている。
―――――ごく一部の生徒を除いては。
― 年下の苦労 ―
「―でさ、こないだ俺の彼女がさー」
「あれ、お前、先週1組の愛原とは別れたんじゃなかったっけ?」
「ばーか、やっぱ女は年上だって。今は3年の西九条先輩だぜ」
「うっそ、マジでー!?」
がやがやと騒がしい喧騒、6時間目の体育を終えた男子更衣室は暑苦しい空気に満ちている。
一刻も早くむさ苦しい室内から脱出しようとシャツに腕を通した日吉の耳に、隣の男子立ちの下卑た会話が否応なく届く。
思春期の男子の関心なんて、異性に関する事が半分以上を占めているようなものだ。ましてや今は、体育の後。
クラスメイトが交わす会話は、もっぱら女に関するものばかり。
「っつーかさ、やっぱ年上っていいじゃん?なんかこう……色んな点で先輩じゃん?」
「んだよ、オネーサンが色々教えてあげる、みたいな感じなのかよ?」
「そーそーそー正にそれ!マジでいーぜー?」
「え、なになに、俺にもその話ちょっと聞かせてよー!」
くだらない下卑た会話に1人2人と聴衆が増えていくのを横目に、日吉はキュッ、と音が出そうな程きっちりとネクタイを締めてロッカーの荷物をまとめだす。
6限終了後に即下校できる帰宅部組と違って、日吉はテニス部、しかも準レギュラーに所属する忙しい身だ。
友人との会話に熱中できる程、時間的に余裕のある彼らをほんの少しだけ羨ましく思いながら、バッグに畳んだ体操着を詰める。
「―いーなあ、年上……。9組の白羽先輩とか超美人だよなー!」
「あー、あの人、テニス部の跡部先輩のモトカノなんだろ?」
「げ、マジでー!?もう食われたあとかよー!俺ちょっと憧れてたのに………」
「あとさ、7組の西園寺先輩とかなんかこう…身体がエロイよなー。こないだ体操服の時、胸揺れてたぜ」
「「「超見てぇー!!」」」
げらげらと下品な笑い声があがった向こう、同じく耳に入る会話にうんざりしていたのか部活仲間の鳳と目が合い、互いに辟易した顔をしてみせる。
自分だってそういう事に興味がないわけではないが、いかんせん実際に年上の先輩と付き合っている手前、そのような会話を不愉快に感じないほど大人ではない。
しばらくは止みそうにない下劣な会話に、耐え切れなくなったように鳳が更衣室から荷物をまとめて出ようとしたのに続いて日吉もバッグを肩にかける。
これ以上ここにいても得になることはなさそうだし、更衣が終わった以上こんな暑苦しい所に好き好んでいる理由もない。
げらげら笑い続けるクラスメイト達を尻目に、ドアノブに手をかけたその時だった。
「―あ、あとさー、5組の先輩!あの人めちゃくちゃイイ身体してねぇ?」
一回でいいからやらせてくれねーかなー、と続けたクラスメイトの声に、それまで盛り上がってた場が一気にしん、と静まりかえる。
どーしたんだよ、と先ほどの発言をした男子生徒が訝しげに言った言葉に、ガァン、と鈍い殴打音が重なり、弾かれたように音のした方を向く。
今しがた開けようしていたドアの横、灰色のコンクリートの壁を思いっきり殴りつけたまま睨み付けてるのは日吉若。
先ほどまでの冷静な顔はどこへやら、今なら視線だけで人が殺せそうなくらい鋭い目つきでクラスメイトを睨みつけている。
「………………………………」
「「「「………………………」」」」
「………………………………」
重い沈黙が室内を満たし、最初に口を切ったのは日吉の低い押し殺したような声。
「……………今度」
「……………へ?」
「……………………………………………今度そんな事言ってみろ、二度と口がきけねぇような顔にしてやる」
「「「「…………………っすいませんでしたー!!!!」」」」(一斉に土下座)
◆ ◆ ◆
「………で?その後そいつらびびって腰ぬかしたって本当なのか?」
「ええ、そうなんですよ宍戸さん。あの時の日吉の迫力、相当でしたよ」
「馬鹿な奴らもいたもんだな、よりによって日吉の目の前での事言うなんて自殺行為だぜ。、あれでいて男に人気あるからな」
「そうそう、そいつ先輩が日吉の恋人だって事、知らなかったみたいなんですよ。割と知られてないもんなんですねー」
「氷帝の女子なら全員周知の事実だと思うが、さすがに男子はな。「 日吉若の恋人=マネージャー 」ってのは知ってるだろうが名前までは知らなかったんじゃねぇの?」
呑気に会話する氷帝ダブルス1の視線は、先ほどからイライラとスマッシュ練習をする日吉に注がれている。
年上の、しかも男に人気のある彼女というのは単に羨ましがられるだけでなく、言い方を変えれば恋敵が多いという事でもある。
可哀想に………と思わず他人事のように呟いた宍戸達をよそに、渦中のは無邪気に日吉に激励をおくる。
「―ほらほら日吉、焦らない!今日はアウトが多いよー!もっと慎重に狙って!」
「……………………誰のせいだと思ってるんだ」
「は!?なんか言ったー!?」
「…………………………………………………………」
「………………………………………………………………」
「…………………………………………………………………………なあ長太郎」
「………………………………………………………………………………なんですか、宍戸さん」
「……………日吉もほんと大変だな…」
「………………ええそうですね……」
再び可哀想に、という目をして呟いたダブルス1に同意するように、カラスが「カー」とないた夕暮れのテニスコートでした。
◆ ◆ ◆
これ楽しかったー(笑)
書いててホント楽しかった(笑)
史上最速かもしれん。リンクとかつないで2時間ジャストだもん(夜中の1時に始めた)
胸とか足とか、ね。
中学生の男とかってこんな会話ばっかりですよね(絶対女子がいない時に限ってしてるよね)
ばれてるよ、ばれてるんだよ、くん!(笑)