「………11時、25分………」 お母さんの作った豪華な夕食と生クリームたっぷりのケーキ、それから「好きなものを買いなさい」と渡された現金。 それなりに満たされた誕生日の夜を終えて、1人ベッドに腰掛けてなんとなく机の上の携帯を見つめる。 朝から続いてた友人達からのバースデイメールもそろそろ終わったのか、先ほどから携帯は沈黙を守ったままだ。 「…………あいつ、忘れてるのかな」 受信BOXの欄になかった、夕方会った幼馴染の弟の方を思い浮かべて、小さく小さく息をつく。 時計の針は、今日が終わるまであと30分。 今更口頭で祝ってもらおうなんて贅沢な事は言わない。メールでもいいから、ただ一言。 「………若じゃないと、意味がないんだよ」 どれだけ沢山の人に祝ってもらっても、ただ1人。 肝心な人からの言葉がなければ意味がない。 呟いた自分の言葉に、聞きなれた携帯の着信音が重なる。 勢いよく立ちあがり、手にした携帯のディスプレイに表示された名は『 日吉 』 ………Comparison−V 「―兄貴、帰るのか?」 風呂を出て、温め直された夕食をとって、祖父たちの相手をして。 てっきり今夜は泊まっていくものだと思っていた兄貴が、「そろそろ帰るわ」と帰り支度を始めたのに、布団を敷いていた母さんが驚いて声をかける。 「隆、帰るの?今日は泊まっていくんじゃ……」 「やー、明日落としたらヤバイ講義あるし。今日は帰るわ」 「でも、今から運転するなんて………大丈夫なの?お父様に送って頂く?」 「いいっていいって。せっかく車で来たんだからさ。大丈夫」 「でも………」 渋る母を一瞥して、玄関で靴を履いていた兄はわざとらしいため息をつく。 「ったく、母さん心配性だな。そんなんだから俺、家出たんだぜ?大丈夫だって」 「………………でも」 「俺が大丈夫っつってんだから信じろよ。………………それに俺、馬に蹴られるのはゴメンだし」 ……………馬? 一様に?という顔をする俺達に、「あー、いーのいーの、意味なら若が分かるから」と兄貴はひらひらと手を振る。 「そんじゃ母さん、親父とじいさんによろしく。……んで、若」 母さんに向けた笑顔とは全く別の、真面目な顔を兄貴がする。 反射的に構えてしまった俺を見て、兄貴はわずかに苦笑する。 「…………イイコト教えてやるから、耳貸せ」 ◆ ◆ ◆ 「…………あたし、何やってんだろ………」 深夜11時50分。 寒空の下、窓から身を乗り出すようにしながら隣の日吉家をなんとなく見つめる。 広大な暗い敷地に、静かに佇む連なった古い家屋たち。 先ほどかかってきた、着信『 日吉 』からの電話を思い返しながら物音ひとつしない暗い庭を眺める。 『こんばんは、ちゃん』 「……………こんばんは」 『元気ないねー。電話、若だと思った?』 てっきり若からだと期待していた、電話の相手は『 日吉 』の家電からかけてきた長男の方。 はっきりと落胆の色をにじませるあたしの声音に気づいたのか、隆さんは笑いをこらえるような声をする。 『今日誕生日だったんでしょ?夕方会ったとき知らなくてさー。今更だけどおめでとー』 『………ドーモアリガトーゴザイマスー』 『うわ、誠意こもってないねー。元気のない原因は、若?』 『……………』 『どーせあいつの事だから、おめでとうも言われてないんでしょー?』 「……………」 『もしもし?ちょ、聞いてるちゃん?』 「………聞いてますよー。なんなんですかこんな深夜にー。……嫌がらせなら切りますよ」 『ああ、ちょっと待って待って切らないでー!!』 ため息まじりに切ろうとするあたしの言葉を慌てて遮って、隆さんは面白そうに言った言葉は。 『今から行くから、窓開けて待ってて?』 「………………っつーか、素直に待ってるあたしもなんなんだ…………」 冷えた夜の空気が、自室内を満たしてわずかに身震いする。 あと5分待ってこなかったら寝ようと決意して、両腕で自分を抱え込むようにしながら背後の時計を振り返る。 壁時計が指した時間は、シンデレラの魔法が丁度解ける時刻。 「……………誕生日終わっちゃったよ、バカ若………」 「誰がバカだって?」 ほんのわずか、時計を振り返ってたその瞬間。 今の今まで聞きたかった人の声が聞こえ、慌てて正面窓の方を向く。 「勝手に人を馬鹿呼ばわりするな」 そこにいたのは、ほんの少しだけ不愉快そうに、けれどいつもの神経質そうな表情で窓の枠に腰掛けている若の姿。 「わ、わかし!?」 「なんだよ」 「なんだよ、じゃないって!こ、ここここんな時間にどうしたの!?」 「窓開けといたくせにこんな時間にどうしたのじゃねぇよ」と不機嫌そうに言いながら、若は遠慮なくあたしの部屋に侵入してくる。 仮にも女の子の1人の部屋に(しかも深夜)、ここまで堂々と入ってくるってどうよ、とか思いながら若が脱いだ靴を預かる。 「……隆さんが来ると思ってた」 「悪かったな、俺で。………兄貴の方がよかったのかよ」 「そんな事一言も言ってないじゃん。若でよかった」 率直に言ったあたしの言葉に、若は一瞬驚いた顔をした後ほんの少しだけ嬉しそうに笑って、すぐ申し訳なさそうな顔になる。 「………悪い」 「は?」 「時間。過ぎた」 なんの時間と聞きかけて、謝る若の視線が先ほど自分が見ていた時計に注がれてるのを見て、誕生日の事を指していることに気づく。 隆さんに聞いたんだろうか、とかちらりと思ったあたしに、思い悩んだように若は言葉を紡ぐ。 「…………ごめん」 「え」 「忘れてた、お前の誕生日。………兄貴に言われるまで」 「………」 「ごめん」 床に座り込んだまま、あたしの目をまっすぐ見つめて若は真摯に謝り続ける。 ああ、やっぱり忘れてたのか、という残念な思いと、それでも来てくれて嬉しいという思いがない交ぜになって困ったように笑うと、「変な顔」と若が小さく笑う。 「………変な顔って何ですか、日吉さん」 「泣くか笑うかどっちかしろ。ブス」 「ブス!?ブスって言った!?」 キーッ、と拳を振り上げて一発くらわせようとしたあたしの手を、若は易々と手の平で受けとめて真面目な顔になる。 「本当に、ごめん」 心の底から、すまなそうな表情。 いつもは前髪に隠れている色素の薄い鋭い瞳が、真摯に強く光っている。 「もういいよ、若。そんなに謝らないで」 「でも」 「今夜来てくれただけで、あたし十分嬉しいよ。会いに来てくれた気持ちだけで、十分だよ」 だからそんなに謝らないで―そう続けると、若はもう一回だけ小さくごめんと言って黙り込む。 「なんか欲しいものあるか?俺の手に入る範囲なら買ってやる」 「え、じゃあGUCCIの財布。春の新色9万8千円のヤツ」 「………」 「…………」 「………………」 「スイマセン冗談です。お願いだから型を構えないで下さい日吉さん」 無言で睨んでくる若にとりあえず謝罪すると、彼は小さくため息をつく。 ………プレゼント、か………。 「………あ、思いついた」 「次はヴィトンとか言うなよ」 「……………軽い冗談じゃん…。えーと、若におめでとうって言ってもらいたい」 「…………は?」 物じゃなくて、言葉で。 そう続けると、若は少し目を丸くしてお手軽な女だなと薄く笑う。 「……誕生日、おめでとう」 大好きな、君へ |
―fin
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遅ればせながら、誕生日おめでとうございます、伊織さん!(^^)v
こんな日吉でよければどうぞ、受け取って下さいな(返品不可です 笑)
(合わせて卒業祝いという事で… 笑)
いつもいつも、BBSに素敵コメをしてくださって、本当嬉しいです♪
これからも、どうぞよろしくお願いします!
大好きだー!(黙れ)