「ココとココとコレとソレとアレとコレ!!」
「……それほとんど全部じゃないですか」





 あたしが指差した問題をちらりと見て。
 彼は、心底嫌そうなため息をついた。



                                     <  ひと夏の教訓  >





「―で、√4に代入して、指数関数を導き出してそこから微分積分すれば答えが出るはずです」
「ごめん日吉、日本語で喋ってくれないかな?」
「俺が今説明した言葉のどこに英会話が混ざってましたか」



 夏休み最終日、8月31日深夜3時。
 ワラにもすがる思いで訪れた、中学二年の幼馴染の家で。
 数学を教えてもらう、中学三年、受験真っ最中のあたし。


「…もうやめましょう。これ以上やっても時間の無駄です。明日の朝までに終わるとは思えません」
「ええ!?あたしまだ一問も解けてないんだけど!!」
「それはアンタの理解力が猿以下だからです」


 ばっさり言い捨てて、数学の課題を日吉が閉じる。
 整った薄い眉根に寄ったシワが、彼がどれだけ疲れているのかを物語っている。

 っつーか、 猿以下って!!猿以下って!!


「見捨てないでよー!!アンタにまで見捨てられたら、あたしは誰を頼ればいいの!?」
「まで…って。他にも誰か頼ったんですか?」
「跡部とか忍足とかにも勉強見てもらったんだけどさあ…あいつら何て言ったと思う!?『こんなんだったら、まだ幼稚園児に教えてる方がマシだ』だって!!酷くない!?酷いよね!?」
「酷いのはアンタの脳みその構造ですよ」
「幼馴染にそんな事言うアンタが一番酷いよ!!」


「お願いだから見捨てないでー!!」と泣きつけば、ちろりと視線を落とされ、再び重いため息をつかれる。


「……大体、どうして2年の俺がこんな深夜に3年の宿題を解かなきゃならないんですか」
「出来るんだからいいじゃん!あたしなんて2年の問題も解けないんだから!!」
「胸張って言う事じゃないですよね」


 嫌そうな日吉の問いかけを無視して、新たに歴史の課題を開く。
 重要サインが引かれた問題の幾つかを示せば、イヤイヤながらもシャーペンを手に取る日吉。


「全く…あれほど毎日コツコツとした方がいいですよって忠告してたのに……どうしてこう、毎年毎年切羽詰まった状況になるんですか」
「追い詰められないとやる気がでないんだからしょーがないじゃん。それに、なんだかんだ言って日吉がこうやって毎年付き合ってくれてるし♪」
「………だから成長しないんですね。一度、痛い目みといた方がいいんじゃないですか?」


 さらさらと歴史の問題を解く手を止めて、日吉が色素の薄い瞳をあたしに向ける。
 カタ、と小さな音を立てて、日吉がシャーペンを問題集の上に置く。
 既に3分の1程うまった解答欄には、もう見慣れた少しクセのある日吉の文字。


「………え、何ですか日吉くん。ここから先は自力で解けとか言う気ですか?」
「はい、そうです。全部俺がやるんじゃ、ちっとも先輩の身につかないですから」
「酷いー!!ここまで解いておいて、今更放置!?放置プレイ!?」
「出来る範囲で手助けはします。少しは痛い目見ないと分からないんでしょう?」


 ひどいひどい、とぎゃあぎゃあわめくあたしを、心底めんどくさそうに日吉が睨む。


 今更ちょっと痛い目にあったからって、人間持って生まれた性質はそうそう変えられるもんじゃない。
 来年だって、再来年だって絶対絶対同じ事繰り返すに決まってるじゃん!!


 手足をバタバタさせてそう喚くあたしに、日吉はハア、ともう何度目になるかわからないため息をついて。






「じゃあ、これならどうですか」






 と。


 いきなり右手を強く引かれ、後頭部を日吉の左手が押さえ込む。
 驚く間もなく、わめき声ごと封じ込めるように、唇を強く塞がれる。




「……………ンッ!」



 
 後頭部をしっかり押さえつける日吉の力は、片手なのにすごいもので。
 離れようとしても、頭だけでなく腕もしっかり掴まれていて、身動きすらとれない。




「…はっ、に…っすん…………っ………んぅっ!!」




 何すんの、と言葉を発そうとした唇の合間から、無理矢理舌をねじこまれる。
 口内に感じる、柔らかくて暖かい日吉の舌。
 歯列をなぞって、口腔を荒らしきって、ようやく離れた薄い唇。
 
 いきなり起こった目の前の幼馴染の暴挙に、呆然とするあたしに、奴はしれっとした顔のまま平然と口を開く。








「キス一回」








「……………はぇ…………?」







「問題1問に対し、解けなかったらキス1回。どうですか?」








「…………いや、どうですか、って言われても」








 至近距離にある、平然とした日吉の顔をぼーっと見ながら、まだ上手く回らない頭で、言われた言葉をゆっくりと反芻する。








『 解けなかったら 』










『 一問につき 』











『 キス一回 』











『 キス一回 』





 




 ……………………キス一回?









「…………いやいやいやいやちょっと待って日吉くん!問題1問につき一回って、アンタこれあと何問あると思ってんの!?」


 ようやく言われた言葉の意味を理解して、ざあっと引いた血の気と共に全力で日吉から距離を取る。
 目の前にある課題の山は、見渡す限り真っ白なまま。








 これ全部で一体何問あると思ってるんですかアンタ!!!!!








「ムッ、ムリムリムリムリ無理無理無理無理無理むりむりむりむりむりだから!!」
「………………何回無理って言ってんですか」
「いやいやいやいや無理だって無理だってホント無理だから……って、ギャアアアアアアなんで近寄ってくるのォォォオオオオ!!??」
「近づかないと問題解けないでしょう」
「いやあああああ一人で解く解く解く解く、解きます解きますから、来ないでくださいいいいい!!」


 先ほどまでのめんどくさそうな顔はどこへやら、一転して面白そうな顔で近づいて来る日吉に、そこはかとない恐怖を覚えて座ったまま勢いよく後ずさる。
 幼馴染をしてるからこそ分かる、今の日吉の顔は獲物を見つけた狩人の目。
 まるでテニスをしてるときの様な、逃がすものか、といった表情の彼に冷たい汗が全身に噴出す。


「ぎゃあああああっ、ちょっ、誰か来てえええええ!!日吉のおばちゃーん!!アンタ息子にどういう教育したのー!!??」
「夜中に大声で叫ばないで下さい、近所迷惑ですよ。……それに、少なくとも俺はアンタよりはまともな教育受けてるつもりですが」
「まともな人間がいきなりべろちゅーなんてするかーーーー!!??」


 手当たり次第、その辺にある参考書やら問題集やらシャーペンやら仏像やらをぽんぽん投げるあたしの腕を、易々と日吉の大きい手がとらえる。
 滅多に見れないであろう、珍しい彼の笑みに嫌な予感はますますますます増大して。












「夜は長いんですから、頑張ってくださいね?先輩」











 ◆ ◆ ◆





 ……………その後行われた行為は、色んな意味で恐ろしいものでした。

 結論として、日吉は色んな意味でサドだと思いました。

 課題というものは、期限内に終わらせるものだと身をもって知った15歳の夏でした。

                                                      (完)



〜へぼへぼ管理人、ゆみの謝罪〜

 や、あの…いや、うん…。
 最近日吉が変態化してるというご指摘を受けつつあります、ゆみです(土下座)
 っつーか、奴の夢はひたすらチューばっかしてる気がする。
 ヤバイな〜これもきっと愛ゆえでしょうな〜(意味不明)

 余談ですが、ドキドキサバイバル、略してドキサバ(恥ずかしいタイトルだな、コナミ……)は、3年生設定を希望します!
 だって日吉といえば、一見丁寧に見えるけれど、内心腹の中では何を考えてるか分からないっていう生意気な敬語がポイントじゃないですか!!(もう黙れ)