きっと仏頂面で、「甘いものは嫌いなんですよ」と。


 そう言いながら、結局は目の前でひろげて一口かじってくれる。


 日吉若は、そんな人。






< 特別なのは、君だけで >








「………………甘いです」
「チョコレートだもん、当たり前じゃん」


 予想通りの反応に用意しておいた言葉を返してやれば、これまた想像通り、苦虫をかみつぶしたような顔をする。
 部室のソファでひろげられた日吉のチョコは、甘さ控えめのガトーショコラ。
 もちろんあたしの手作りで、これでも甘さは十分に抑えたつもりなんだけれども。


「………レギュラーだけとはいえ、毎年毎年、よく作りますね」
「そう?どーもありがとう」
「言っときますけど、誉めてませんよ」
「わかってるよ」


 ああ言えばこう言う、と呟いた日吉に、それはアンタでしょ、と言い返す。



 はたから見れば、女の子が男の子にチョコレートを渡してる、という、なんとも青春真っ盛りな光景なのに、交わされる会話は、甘いどころか剣呑なもの。


 一口だけかじられた、ガトーショコラを前に、睨みあうあたし達。その険悪な空気を、ガチャリとドアを開ける音が遮る。


「―お疲れさん…って、またお前らやってんのか。毎年毎年同じ会話、ようやるなあ」
「―あ、忍足。―だってこいつ、去年も今年も、あたしが作ったチョコレートに文句つけるんだもん!!後輩のくせに!!」
「お言葉ですが、俺は一言だって欲しいなんて言った覚えはありませんので。無理矢理食わされる俺の身にもなって頂きたいですね」
「な、ちょ、アンタマジで可愛くない!!」


 再びぎゃーぎゃー言い争うあたし達を、呆れた様子で忍足が眺める。


「―ま、どっちもどっちやな。お前ら似たもの同士やねん」
「「どこが!!??」」
「そこが」


 冗談じゃない、と言い返せば、見事に重なる日吉の言葉。
 くく、と笑いながら言う忍足に、悔しさから忍足に用意した分のチョコを投げつける。


「―うわ危な!ちょお、自分、いくら義理やからって乱暴すぎるで!?」
「忍足ごときに丁寧にする理由はないもん。味わって食いやがれ」
「中身崩れたらどないすんねん…」
「クッキーだもん、よっぽどの事が無い限り割れやしない」


 べえ、と舌を出しながら言えば、「お前にロマンを期待した俺が馬鹿やったわ…」と、いくつもの紙袋を抱えながら、ロッカールームへ忍足が消えていく。

 ヤツの抱えた袋の中身は、言わずとしれたチョコレートで。
 きっと忍足の事だから、チョコをくれた一人一人の女の子に、親切に対応してやったんだろう。
 




 せめて、あいつの3分の1でもいいから、日吉に女心を理解する能力があればよかったのに。





 軽いため息をつきながら、一口食べてもらえただけでもマシか、と目の前のガトーショコラを処分しようと手をのばせば、ふいに腕をつかまれる。


「―なに、日吉?」
「……去年、って、トリュフでしたっけ?」
「は?」


 あたしの右腕を握ったまま、唐突に質問する日吉に、間抜けな返事を返せば、返ってくる鋭い視線。


 切れ長の綺麗な瞳が、まっすぐにあたしの視線を捉える。


 いつも睨みあって見慣れているはずなのに、誰もいないこの空間と、握られた右腕が、鼓動を高鳴らせる。


「……いきなり何言ってんの?」
「………去年、は、全員一緒でしたよね?」
「何が?」
「中身」


 ちら、と視線で伸ばした手の先を示され、彼の言わんとしてる事を悟る。





 去年は全員に、ミルクチョコレートのトリュフを。
 今年は、型崩れしないチョコレートクッキーを。けれど、日吉だけには、甘さ控えめのガトーショコラを。






「…誰かさんが去年、『甘いものは苦手なんですよ』って、それはもう嫌そうに言うから」




 気づいた事に感心しつつ、皮肉と冗談を交えて言うが、日吉の視線は真剣なままで。


 握られた右腕の力が一瞬強まって、鼓動がますます跳ね上がる。


「………宍戸先輩とかも、チョコレートとか好きじゃなさそうですよね」
「…だから?」
「………………俺以外の人にも、…………皆と違うヤツ、あげたんですか?」



 握られた右腕に、少し痛いくらいの力がこもる。
 いたい、と呟けば、答えて下さい、と真剣な瞳で見つめられて。







「……特別扱いは日吉だけに決まってんでしょ」






 照れ隠しから視線を逸らして、ぶっきらぼうに言い放てば、耳元でふ、と柔らかく笑んだ気配。


 思わず顔をあげれば、かすめる程度の速さで、触れられた唇。


 かすかに香ったチョコの香りに、日吉の唇が触れたのを知る。


「…な」


 呆然と、空いた左手の甲で唇を押さえれば、「隠すな」と左腕も押さえられ、今度は深いキスを落とされる。

「………っ!」

 握られた腕を放そうにも、1年年下なはずの日吉の手は想像以上に大きくて、力強くて。


 押さえつけられたソファの上、混乱した頭の片隅で、日吉も男の子だったんだな、
なんて思ったりして。

 ゆっくり離れていった唇が、今度はゆるやかに首筋をなぞる。


「――――や、ちょ、ひ、よし…っ!!ここ、部室っ!!」
「―キスマークくらい、いいじゃないですか」
「よ、よくない!ま、待って―」
「待てませんね」
「な…っ!と、とととと隣!!忍足とか跡部とかもいるんだし!!」


 必死で説得すれば、明らかに不満そうな顔で日吉があたしの上から体をどかす。
 素早く体を起こせば、「ボタン」と短く言われ、いつの間にか襟元のボタンが外されていた事を知る。
 


「…日吉がこんなに手が早いとは思わなかった…」


 先ほどまで日吉の唇が触れていた首筋を押さえながら、真っ赤な顔で睨みつけてやれば、なんとも平然とした顔で。




「チョコレートより、先輩が食べたいんです」




 部室じゃなければいいんですよね、と、いつもの意地悪そうな顔で迫ってくる日吉に、上手い言い訳が浮かぶはずもなく。







 甘いものが苦手な彼に、食べられるのはそう遠い未来じゃなさそうです。



〜 おまけ 〜家政婦は見た!!(笑)

「ちょ、跡部跡部!!なんか日吉がに迫ってんで!!??」
「あーん?オラどけ忍足。俺様にも見せやがれ」
「あ、クソクソ跡部、俺にも見せろよ!!」
「クスクス、日吉やるねー。ホラ、ジローも起きて見なきゃ損だよ?」
「ん〜…俺眠いC〜…」
「激ダサだぜ日吉…っつーかジロー、俺にもたれんな!!」
「あ、あの先輩方、あまり見ないほうが…その…日吉が可哀想かと…」
「ウ、ウス…」