「「 あ 」」







ふとした瞬間伸ばした手が不二と重なった時、私がまず感じたのは緊張とかときめきとかじゃなくて、驚きだった。















予想外



















「…………不二って意外と手、大きいんだね。ちょっと驚いた」
「驚いた?なんで?」



私の上に重ねた手をなぜか退かそうとせず、反対側の手でシャーペンを器用に弄びながら不二は私に問いかける。

至近距離で穏やかに微笑む彼の横顔は当たり前だけど男の子で、でも男にしとくには勿体無い程綺麗に整っている。


さらさらした色素の薄い茶色い髪をふわりと風になびかせる様は、女の私でも確実に負けている、と思ってしまう程魅力的で、内面さえ知らなければうっかり見とれてしまいそうだ。






「いや、なんか不二ってこう…………細い?いや繊細?見た感じ、そんながっしりしたイメージないから」
「手、握ってみる?僕、けっこう握力強いよ」
「遠慮しときます」






そのまま握り潰す気でしょ、と呟いたあたしに、少し骨ばって日に焼けた手を重ねたまま「残念、ばれちゃったか」と不二はにこりと微笑んでみせる。










青春学園中等部、3年6組不二周助は、見た目とは正反対の性格をもつ男だ。








穏やかな笑顔で吐く言葉はとんでもなく腹黒く、時としてこんな風に意地悪く人をからかいだしたりもする。





本人曰く、「からかってるんじゃなくて遊んでるんだよ」とは同じクラスの菊丸英二談だが、人間
遊ぶなど、むしろそっちの方が片腹痛い

私の何がお気に召したのはさっぱり分からないが、重なったままの右手をどかそうとせずにこにこと上機嫌に微笑む彼はぶっちゃけ恐怖だ。







チクチクと、刺(し殺)すようなお嬢様方の視線を感じながら小さくため息をついたあたしを、不二はなんでもお見通し、というように瞳を細める。







「…………あのですね、不二クン」
「なに、?」
「そろそろ手を離して頂けないと、クラス中のお嬢様方の表情が険しいものになってきているのですけれど」




机を挟んで向かい合ったまま、にこにこと笑顔で手の甲をぎゅっと握った不二の手に、徐々に力が込められてくるのを実感しながらびくびくと上目遣いで懇願する。


「クラス中の女子を敵に回すってのも面白いよね」とか言い出したらどうしよう、とか考えだしたあたしの手を見つめたまま、彼は唐突に唇を開く。




















「………………綺麗な指してるよね」





























「…………………はい?」













いきなり吐かれた予想外の言葉に間抜けな返答を返してしまったあたしの言葉などおかまいなしに、彼はそのブルーグレーの瞳をあたしに向ける。










「前から見てたんだよね。の手、すごい綺麗だなって」
「へ」
「触ってみたらどんな感じだろ、とか思ってたけど、実際触れてみたらやっぱりすごく気に入っちゃった」
「は」
「ねえ、この手を僕専用にしたいんだけどいいよね?」















何 言 っ て る ん で す か ね、こ の 人。









いいよねってなんだよ、いいかな、じゃなくて断定かよ、と間抜け面のままフリーズしてしまったあたしに、クツリと人の悪い笑みをこぼして不二は指先にそっとキスを落とす。



















途端にクラス中から上がる、ギャー、という悲鳴のような女子の声。

















「な、ななななななななんああああああああアンタいきなり何しやがってるんでございますか!!?」
「何って…………キス?」
「しれっと言うなあああ!!ぎゃーちょっと誰か来て助けておかーさーん!!」
「なに、指じゃなくて唇がよかった?」
「余計悪いわぁあ!!!」







こんな所でいきなり何言い出してんだ、と握られた右手をぶんぶんと振り回せど、当然不二が離してくれるはずなどなく。















真っ赤な顔でわめくあたしの耳元に唇を寄せて、不二は一段とひそやかな声で囁く。


















「大丈夫、唇にする時はちゃんと人目がない所を選ぶから」
















―だから、ちゃんと覚悟してて?












言い終えると同時に耳たぶにもキスをして、カタンと席を立った不二に言い返す言葉なんて思い浮かぶはずもなく。





クラス中の視線を浴びながら悠々と去って行く不二の背中を、あたしはただひたすら真っ赤な顔で見送る事しか出来なかった。

(ああ、なんて性質の悪い男に捕まってしまったんだろう)