やられる。

 やられる。


 ええそりゃもう色んな意味で。







 甘いワナ  








 



 おとーさんおかーさん、あたし今かなりピンチです。

 吐息も凍える真冬の2月、部活も終わった夜8時。

 何故か青学の体育倉庫に閉じ込められてます。

 ちなみに気温は氷点下5℃。

 道連れ相手は、よりによってあの不二周助。



色んな意味で、生命の危機にさらされてます。


 15年間育ててくれた両親に心の中で別れを告げれば、耳元で響く、甘い悪魔の声。


、さっきからなに面白い顔してるの?」
「お、おもしろい顔?」
「うん。赤くなったり青くなったり白くなったり。何か考え事?」
「い、いやあ…考え事っていうか…」


 あ、あは、あははははは、と、じりじりと後ずさりながら乾いた笑いを返すあたしに、柔らかな笑みをたたえたまま迫ってくる、目の前の男。

青学男子テニス3年、不二周助。

 天才の呼び声も高いこの男の、本性は。


の事だから、どうせ、どうやって僕から逃げようか、とか、考えていたんでしょ?」
「め、滅相もございません!!」 
「そう?じゃ、なんでそんなに逃げ腰なの?」


あたしの考えなんかお見通し、というように、にっこり笑って言う不二の顔。
ファンの子なら、鼻血を出して卒倒しそうなくらい眩しい笑顔に見えるだろうが、本性を知ってるあたしには、むしろ別の意味で卒倒しかねないくらい、心臓に悪いその表情。


 背筋に走る悪寒の原因は、絶対にこの気温のせいじゃない。


「だっ、だだだだ誰か当直の先生とか通らないかなあ!!??」
「ムリじゃない?校内ならまだしも、体育倉庫なんてわざわざ見回りに来ないでしょ」
「………って事は、ヘタすると、朝までこのまま………?」
「その可能性が高いね」
「……………」


 絶句してしまったあたしをくすくす面白そうな笑顔で見下ろす不二。


 何がそんなに楽しいのか、と睨み付けてやれば、返事の代わりに伸びてくる、白く綺麗な長い指。
 逃れようと更に後ずさると、背中に当たる冷たい感触。

 気づけば背後は白い壁。

 目の前には、心底楽しそうな、悪魔の笑み。


「あ、あのですね不二……」
「ん?」
「お、お願いだから落ち着いて…その、あの、話せば分かる、話せばわか…!!きゃ…っ!」


 する、と伸びてきた手に、胸の前で組んでいた腕をほどかれ、手首を握られたまま、壁に押し付け、固定される。
 一瞬だけ鈍い痛みが手首を襲い、すぐに消え、不二の手のひらの暖かさが伝わる。

 制服越しに伝わる、コンクリートの冷たい感触と、鼻先が触れそうな程近くにある、不二の綺麗に整った顔。


「ふ、ふふふふ不二!?」
「何?」
「手、ててて手!!!ってか、なんでこんな至近距離…っ」
「寒いときは、人肌で暖め合った方がいいって聞いたこと無い?」
「ないないないない、全く無い!!」


 それ、雪山で遭難した時だから!!
 ここ、東京だから!!

 
 必死で逃れようとするけれど、どこにそんな力があるのか、不二に押さえられた腕はびくともせずに。
 鼻先をかすめる、柔らかな不二の髪の香りが一瞬強くなったその瞬間。




「―ッ!!」





 瞬きするよりも早く、不二の唇があたしのそれに押し付けられる。


 頬に触れる、さらさらした不二の細く茶色い髪。



「―…ぅ…ン…ッ!」




 離れようとして漏れた、自分の思いがけない甘い声に、思わず体が熱くなる。


 言葉を発そうと開けた唇の間から、強引に舌をねじ込まれて。


 無理矢理なのに、どこか優しく繊細なそのキスに、全身の力が抜ける。



「あ…っ」



 押さえつけられた手首をゆっくり離され、す、と胸のスカーフに不二の手が伸びる。


 自由になった両腕は、既に不二に抵抗する意思はなく。


 流される、と思った瞬間。
  



ーッ!!!不二ーッ!!!無事か!!??死ぬんじゃなーい!!」
 



 突如響いた青学のママ大石の声に、びくりと身を強張らせれば、ゆっくりと、名残惜しそうに唇が離れていく。
 ほんの少しだけ感じた物足りなさに浸る余裕も無く、慌てて胸のタイを結びなおせば、ガチャガチャという鍵を回す音の後、勢いよく飛び込んでくる大石。


「不二、!!無事か!!?」
「やあ、大石。随分早く気づいてくれたんだね」
「ああ、さっきと不二の親からまだ帰ってないと連絡をもらって……二人とも無事か!?すまない、俺が確認せずに倉庫の鍵を閉めてしまったから…!!」



 心底申し訳なさそうな大石の謝罪に耳を貸す余裕などあるはずもなく。


 先ほどまで感じていた不二の熱と、唇の感触に、いまだ体は火照ったままで。


 ちらりと不二に目をやれば、いつものように穏やかな、何食わぬ顔のまま。







 ………体が、あつい。






 ずるずると力なく、マットの上に崩れ落ちれば、慌てたように大石が駆け寄ってくる。

、大丈夫か!?寒かっただろう、風邪をひいていなければいいんだが…」


 言いかけた大石が、あたしの顔を見た途端に訝しげに問いかける。


「―?大分顔が赤いが………」


 言われて慌てて手持ちの鏡を見れば、月明かりの薄暗い室内でも分かる、真っ赤に上気した自分の顔。


「だ、だいじょう、ぶ…」
「そうか?寒くないか?」
「………………………………うん。全然」


 まだ少し疑問を残した様子の大石の視線を無理矢理気づかないフリをして、立ち上がろうとすれば、差し伸べられる、不二の綺麗な手。


「――大丈夫?立てる?」
「…一人で立てる」


 不機嫌そうに返して自力で立とうとすれば、無理矢理両脇を抱えて立たされる。
 再び香った不二の香りに、先ほどの行為が思い出されて余計に体の熱が増す。




「―――ね?あったかくなったでしょ?」




先を歩く大石に聞こえない程度の声で囁く不二の顔は、それはもう満足そうな笑みを浮かべていて。


「……参考までに聞くけど、大石が来なかったらあたしはどうなってたわけ………?」
「さあ?」


 くすくす笑いで誤魔化す不二を今一度強く睨み付けてやれば、チャリ、という音と共に何かをポケットから取り出す。



「―まあ、とりあえず朝までいる事にはならなかったんじゃない?―――予備の内鍵、僕、持ってたし
「…………は?」
「ホラ、これ」

 
 固まってしまったあたしに、不二が先ほどポケットから取り出したものを目の前にかかげて見せる。

 …銀色の。

 …一見どこにでもあるような形の。
 
 …体育用具室(予備)の内鍵

 




 ……………………………内鍵?



「か、かかかかかかかかかかかかかかかかかかかかかっ鍵ですか!!!???」
「うん」
「いやいやうんって!!アンタ!!な、なななななんで!?どーして!?」
「そりゃ職員室から盗ってきたからでしょ」
「そういう意味じゃなくて!!」


 口をぱくぱくさせるあたしに、不二は、いつもの意地の悪い笑顔を見せる。

 月明かりの下でも分かる、恐ろしい程綺麗で魅力的なその表情。




 ――― 一体どこから、彼の罠だったのか……。



 呆然としてしまったあたしに、


「今度は邪魔が入らないようなトコでするから。―覚悟してて?」


 そう言って、素早く唇に軽いキスを落とす不二。




 甘い甘い、彼の罠に。

 
 もっと落ちてしまいたい、と思うあたしは重症なのかもしれません。

 


〜へぼへぼ管理人より〜
わーいわーい初キリ番報告だひゃっほーい!!(落ち着け)
1000番を踏んでくださったゆか様に捧げます!!(こ、こんなんでよろしいでしょうか…?汗)
書いてたらなんか続きも書きたくなってきました(笑)
読んでくれる皆様、ゆかサマ、本当にありがとうございます!!
これからもどしどしリクして下さい!!

感想下さるとなお嬉しゅうございます(笑)