ひとまとめにしてほしくない。
あたしだけは、特別に。
粉雪舞う2月14日の朝、凍える指先を暖めながら校門に辿り着く。
吐息も白くにじむ中、跡部の到着を待つ女子の集団で埋め尽くされたその空間。
彼女らが手にしてるのは、色とりどりのラッピングで包まれた、甘い甘い思いのかけら。
「―あ、あのリムジン!!」
「跡部様じゃない!!??」
先頭にいた集団が、あたしの背後を指差して大声を上げる。
肩越しに振り返って見れば、黒い車が今まさに、校門に滑り込もうとしている瞬間。
一瞬遅れて、後方にいた集団もそれに気づき、歓声は一段と勢いを増す。
「跡部様―!!」
「受け取って下さいー!!」
「キャー!!」
滑らかに校門前に横付けされたリムジンに、我先に、と女子がたかる。
後部座席のドアが開けば、カツ、という音と共に降り立つ男。
跡部 景吾、15歳。
粉雪を髪にまとわせた彼は、いつも以上に華やかで。
出迎えた女子生徒らを一瞥したあと、その形のいい唇の端をあげて呟いた言葉は。
「あーん?てめーら全部まとめて面倒見てやるぜ。……来な」
「「「「「「「きゃあああああああああああ!!!」」」」」」」」
低く言い放たれたその色気のある言葉に、もはや絶叫に近い女子の悲鳴があがる。
もはやバーゲンにたかるおばちゃん並みの迫力の女子達に、全く物怖じせず、優雅にチョコレートを跡部が受け取る。
同い年にして、あの落ち着きよう。
あいつに渡すか渡さないか、だけで悩んでる自分がバカみたいだ。
スカートのポケットに忍ばせた、小さな小さなチョコレートにそっと触れ、呆れと諦めのため息をついて、静かに校門を通りぬける。
女子の山から頭一つ分出て見える、跡部のいつもの自信あふれた表情。
誰にでも向ける顔で、あたしのチョコを受け取ってほしいわけじゃない。
靴箱で上履きに履き替えれば、予想通り、手紙やなんやであふれえった跡部の靴箱。
クラスに入れば、それこそ予想以上、山のようにチョコが積まれた跡部の机。
「――――すっご…」
自分自身、跡部に渡す身でありながら、思わず驚きと呆れの言葉を漏らせば、疲れた様子の宍戸に声をかけられる。
「はよ、…。跡部、毎年凄いよな…」
「あ、おはよ宍戸。ホント凄いね。ってか、あんたも相当大変そうだね〜」
「…………もう帰りてえよ……」
「女の子の一大決心の日なんだから、今日くらい我慢しなさいよ」
くすくす笑いながら、山と積まれたチョコだのプレゼントだのの席の後ろに、腰掛ける。
目の前に渦高く積まれたチョコの山。
色とりどりの素敵なラッピングに、勇気が少しずつしぼんでいくのが自分でもわかる。
「……やめとこうかな…」
ポケットの中の小さな小さなチョコレートに触れながら、朝の光景を思い出す。
あの調子じゃ、今日は声をかける時間なんてないかもしれない。
休み時間も、クラスの女子に囲まれて、きっと話しかける事すら出来ないだろう。
「…ムリ、かなあ…」
ため息と共に時計を見れば、既に8時45分。
ホームルームまで、後5分。
と、その時。
「何が無理なんだ?」
いきなり頭上から降ってきた、低い色っぽい声。
反射的に勢いよく顔をあげれば、先ほど校門で山程のチョコを受け取っていた男。
「あ、ああああああ跡部!!」
「あん?何驚いてんだ?」
「い、いや…」
不思議そうな跡部の顔に、「あんたの事考えてたから」なんて言えるはずもなく。
「―あ、朝、校門…すごかったね」
「見てたのか?」
「うん。あ、でもチョコ持ってないね。どっか置いてきたの?」
「ああ、荷物になるからな。部室のロッカーに置いてきた。あんなもん持ち歩けるか」
疲れた様に言い、席についた跡部に、勇気がますますしぼんでいく。
『あんなもん』
精一杯の想いをこめた、あのチョコも。
跡部の負担にしかならないのだろうか。
机に置かれた色とりどりのチョコの山を、事務的に片付ける跡部の後ろ姿が、急に冷たく感じる。
勝手なのかもしれないけど。
あたしのチョコだけは、あんな風に、ひとまとめに扱ってほしくない。
再び重いため息をつけば、丁度チャイムの音と共にクラスに入ってくる担任。
「席つけー。ホームルーム始めんぞー」
連絡事項やなんやかんや、とプリントを配る担任の話をぼうっと聞きながら。
やっぱやめとこう、と思ったあたしの視界に、突如振り返った跡部の綺麗な顔が入る。
「おい、プリント。後ろに回せよ」
「あ、うん」
不意打ちのアップに、思わず胸が高鳴ったのを悟られないよう、視線を逸らしてプリントを受け取る。
一瞬だけ触れた冷たい指先は、まるで跡部の心のよう。
プリントを1枚取り、残りを後ろに回せば、なぜかまだこちらを振り返ったままの跡部に見つめられる。
「………何よ?」
鋭く綺麗なその視線に、高鳴る鼓動を押し隠してぶっきらぼうに言い放てば、フン、といつもどおりに自信満々な顔で返される。
「お前のなら特別だぜ?俺様じきじきに受け取ってやるよ」
「………は?」
「よこすんならとっととしろよ?」
短くそれだけ言って、くるりと何事もなかったように前を向き、担任の話に耳を向ける跡部。
特別に?
じきじきに?
…………受け取る?
「……それって…」
もしかして、チョコの事ですか、と聞きたくも、既に前を向いた彼に問いかける時間はなく。
自信過剰もいいとこじゃないの、とか、なんであたしがアンタにあげなきゃいけないの、とか、そんな文句が今更ながらに浮かんでは消え。
『お前のなら特別だぜ?』
頭の中で繰り返される、その言葉。
ゆるりとポケットに手を伸ばせば、指先に触れる、小さな小さなチョコレート。
君だけのために、特別に。